スピードは当然必要、 加えて冷静さも必要な仕事です

松本 尚 まつもと ひさし さん

 日本医科大学千葉北総病院救命救急センター准教授。外傷外科医。金沢大学医学部卒業後、消化器外科を経て、1995年より救急医療に従事。2001年より北総病院勤務。搭乗歴10年以上に及ぶフライトドクターの第一人者。ドクターヘリを扱ったドラマ『コード・ブルー -ドクターヘリ救急救命-』の医療監修も務めている。

 救急医療用ヘリコプターを使用することで治療開始時間を早め、救命率向上に大きく寄与している「ドクターヘリ」事業。そのフライトドクターのパイオニアとして数々の命を救ってきた、日本医科大学千葉北総病院救命救急センターの松本尚さんに、救急医としての仕事内容などをおうかがいしました。

ドクターヘリが出動するまで

 ドクターヘリの出動は、消防機関からの要請によって行われます。要請があると、病院のヘリポートからヘリが出動します。救急現場のすぐかたわら、もしくは最も近い臨時ヘリポートに着陸すると、即座に現場やヘリポートまで搬送してきた救急車の中で患者さんの診療を開始します。ドクターヘリを使う場合と、救急車のみで搬送する場合の分け方は、あらかじめ決められています。当院では、病院まで10分以内で到着する範囲であれば救急車のみ、10分以上かかる地域であればドクターヘリを利用。一刻も早く医療を開始する体制を整えています。2001年の導入以降、当院からのヘリ出動件数は6,000件を超えました。

搭乗する医療スタッフは3名ほど

 ドクターヘリに搭乗するスタッフは、パイロット・整備士をのぞくと通常、医師1名、看護師1名、その他、トレーニング中の若手の医師あるいは看護師の計3名です。ただし、ドクターヘリの中はかなり狭く動きにくいので、医療行為はほとんど行えません。基本的には、到着した救急現場もしくは現場近くで合流した救急車の中で、最初の治療を行い、病院搬送後に本格的な治療を行います。ヘリ内では、現場で行った医療行為が正常に機能しているかのチェック、また状況が急変した時の緊急処置を行う形になります。

救急医として求められること

 私たち救急医が一般の医師と一番違うのは、病院に来てから診察を始める患者さんではなく、現場で治療を必要とする患者さんを対象にしているという点です。患者さんからゆっくりと話を聞く時間は無く、現場到着後は、ただちに患者さんの状態を把握し、同時に治療も始めなければなりません。最初の数分間で結果が決まってしまうケースもあるので、処置にはスピードが必要。ただし、慌てた状況判断は失敗につながります。急ぐことは必要ですが、頭の中は冷静でいなければいけない。そこで大切になるのが、切るカードをいくつか持っておくことです。そのケースに対応した方法をいくつか用意しておくことで、慌てず柔軟に動くことができます。

患者さんに必要な“言葉かけ”とは

 私たちが向き合う患者さんは、急に怪我をした状況ですので、原因が何であれ、かなり混乱した状況で搬送されてきます。「さっきまで元気だったのに、なぜ…」という思いがあるわけです。と同時に、「明日の仕事どうしよう」「子どもの迎えをどうしよう」など、日常生活への不安もあります。そのなかで治療をするには、まず患者さんの視点に立って、つらい気持ちやびっくりした気持ちを分かってあげること。「こんな目に合って大変だったよね。でも、心配ないよ」と。一方で、「この怪我は治るのにこれぐらいはかかるから、色々あるかもしれないけれど協力してくださいね。僕らもちゃんと治療をしますから」と現在の状況などについても伝えます。不安を汲んだうえで、患者さんにも、僕らの治療に協力してもらうような環境を作っていくことが、治療を成功させる大きな鍵になります。

「みんな」で患者さんを助ける

 私たち医療スタッフはみんな、自分だけで患者さんを助けられるわけではありません。当院の救命救急センターは全部で19名の医師がいて、それぞれ専門の分野を持っています。さらに、看護師がいて、ドクターヘリで言えばヘリコプターを運航するスタッフが、病院全体で考えれば検査を担当する人、放射線・レントゲン撮影を行う技師の人などもいます。医師は、そうしたいろいろな職種の中心となる存在として、いかにリーダーシップを発揮するかが常に問われています。チーム全体としては、目標に対してみんなが同じ方向を向いて仕事をすることが大切。私たちのチームは全員同じ青い術衣を着ているのですが、これによって仲間としての意識を高めています。医療現場のように“チーム”として働く職場は、やはりお互いのコミュニケーションが必要。それが結果として「いい仕事」にもつながっていくんですよね。

(掲載日:2012-05-01)

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