前回(2026年5月8日掲載分)、1970年代の大学のクォータ制について解説したが、
その後について簡単に経緯を順次紹介する。
大学のクォータ制に大きな影響を与えたのは、
1978年のアメリカ連邦最高裁判所の「バッキ判決」である。
この裁判は、カリフォルニア大学デービス校の医科大学院に
二度不合格となった白人男性のバッキが訴えたものである。
同校はアファーマティブ・アクションとして定員100名のうち
16名を非白人特別枠としたクォータ制をとっていた。
バッキは自分の方が特別枠で入学した学生より入試成績が良かったとして訴えたのである。
いわゆる「逆差別」というのがバッキの主張であった。
判決は、バッキの主張を認め、クォータ制は、
憲法修正第14条 法の下での平等に違反すると判決した。
ただし、この判決は、同時に大学入試において、
人種を考慮することは合憲であるという玉虫色のものであった。
つまり、クォータ制は違憲であるが、
人種などを考慮した入試方法(いわゆる下駄を履かせるなど)は合憲としたのである。
このバッキ判決以降、違憲とされたことから入試のクォータ制はほぼ不可能となった。
しかし、玉虫色の判決は、その後、
大学入試における逆差別の問題をさらに提起することになった。
クォータ制に代わって、多様性のための
アファーマティブ・アクションが大きな焦点となっていく。
トランプ政権が、執拗に攻撃したのは、この大学の多様性(diversity)である。
それを説明する前に、次回は、もう少しアファーマティブ・アクションの行方を紹介する。
【プロフィール】
東京大学名誉教授、現・桜美林大学教授。
主な研究テーマは「高等教育論」「教育費負担」「学生支援」「学費」。
奨学金問題の第一人者として知られ、
『大学進学の機会』(東京大学出版会)、
『進学格差』(筑摩書房)など著書多数。
「アメリカの大学と政府(11)」筆者・桜美林大学総合研究機構 教授 小林雅之
![]()

