横浜流星さん直筆サイン&メッセージ入りインスタント写真を1名様にプレゼント!

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Ryusei Yokohama profile

1996年9月16日生まれ。横浜市出身。極真空手で中学生時代には世界大会での優勝経験もある。小学6年生の時に、家族と初めて行った原宿でスカウトされ、芸能界入り。映画「キセキ—あの日のソビト— 」「虹色デイズ」「愛唄—約束のナクヒト— 」「L♡DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。」等、話題作に起用され、一躍人気俳優となる。TBS火曜連続ドラマ「初めて恋をした日に読む話」では髪をピンクに染めた不良高校生・由利匡平役で話題に。3月12日に発売された2nd写真集「流麗」は、発売前に重版が決定。主演映画も続々と公開され、いま最も注目を浴びている俳優の一人。

連続ドラマ「初めて恋をした日に読む話」での演技が話題となった横浜流星さん。1月には映画「愛唄―約束のナクヒト―」が、3月には「L♡DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。」が続けて公開され、好評を博しています。さらに、5月10日には「チア男子!!」の公開が控えるなど、その勢いは止まりません。

横浜さんを訪ね、ご自身のお話をうかがうと共に、高校生のみなさんへの応援メッセージをいただきました。

幼少期は、どのような少年でしたか。

1歳下の弟が大好きで、いつも連れて歩いていました。常に弟と一緒に遊んでいましたね。よく迷子にもなりました(笑)。

子供のころの夢は、父が大工だったので大工になりたいとか、空手をやっていたのでK-1の選手になりたいと思っていました。

空手を始めたきっかけを教えてください。

小学1年生の時に、親にいろいろな習いごとを体験させてもらいました。その中で最も楽しかったのが空手で、自分から「やりたい」と言ったのがきっかけです。

空手の魅力は、精神・肉体・礼儀がすべて鍛えられること。空手をやっていたから、いまの自分があると思います。空手をやっていて良かったな、と思いますね。

小学6年生の時にスカウトされて芸能界に入られましたが、その時のお気持ちはいかがでしたか。

小学生だったので、「テレビに出られるなら、やってみたいかも!」という軽い気持ちでした。

空手をずっと続けようと思っていたので、最初は芸能界の仕事をするのに迷いもありました。ただ、そんな時に、「烈車戦隊トッキュウジャー」の出演が決まって。人生って分からないものですね(笑)。

その1年間は大変なことも多かったけれど、楽しさの方が上回りました。そして、「空手はいつでもできるけど、この仕事はいましかできない!」と思えました。仕事で味わった楽しい気持ちを消したくないと思ったし、空手は世界大会で優勝できて区切りが良かったし……。それで、この仕事1本でやっていこうと決めました。

映画『チア男子!!』は、大学を舞台にしたストーリーですが、横浜さんの学生時代のエピソードを教えてください。

自分は無敵だと思っていました(笑)。とにかくやんちゃでしたね。体育祭などの学校行事になると盛り上がって、仕切りたがるタイプの生徒でした。

仕事をしながら学校に通っていましたが、勉強は人並みに頑張りました。赤点を取ると補習を課されるので、それだけは避けたくて(笑)。

やんちゃだったので、先生から同じことで繰り返し怒られたこともありましたが、決して見放されなかったのが嬉しかったです。いまでも高校時代の先生とは連絡を取っています。「仕事を頑張れよ」と言ってくれています。

横浜流星さん

映画『チア男子!!』の主演が決まった時は、どんな気持ちでしたか。

「よし、やってやろう!」という気持ちでした。身体能力には自信がありましたし、人並み以上に動けると思っていました。

チアのような団体競技には、憧れもありました。空手は自分との戦いで、孤独なので(笑)。もちろん、それで精神が鍛えられた部分もあります。今回チアをやってみて、団体競技の素晴らしさを感じましたね。仲間がいるだけで心強かったです。特に何かを相談するわけではないけれど、「一人じゃない」と思えるだけで気持ちが違いました。

撮影で苦労したところを教えてください。

作品に入る前に、この作品のモデルでもある、早稲田大学男子チアリーディングチームSHOCKERS(ショッカーズ)さんのパフォーマンスを見ました。とても感動したと同時に、中途半端な気持ちじゃできないな、と感じました。僕たち7人だからこそできるチアをやりたいと思いましたね。

撮影に入る3カ月前から、メンバーとチアの練習を始めましたが、最初は7人の息を合わせるのが大変でした。1人でもずれたらだめなので。でも、3カ月間の練習を通して、7人が揃うようになりました。

チアリーディングの練習はどうでしたか。

3カ月の練習期間の終盤、朝10時から日が暮れるまで、毎日みんなでチアの集中練習をした時期があって。そこで7人の気持ちが高まっていきましたし、完成形も見えて、団結力が芽生えました。僕はタンブリングができない状態から始めましたが、最初にSHOCKERSさんの感動的なパフォーマンスを見ていたので、弱音を吐く気持ちにはなりませんでしたね。

撮影を終えて、チアリーディングに対する印象は変わりましたか。

変わりましたね。すごく変わりました。スポーツは応援されることが多いですが、チアは応援するスポーツ。それが魅力だと思います。

劇中の最後のチアは、たくさんのエキストラが見てくれていたけれど、僕はそのエキストラの人たちが笑顔になるといいな、と思って臨んでいました。その人たちがこれから挑戦することに対して、背中を押せたらいいな、という気持ちでしたね。エキストラの人たちも長時間の撮影で大変だったと思いますが、僕たちのパフォーマンスを見て笑顔になってくれて、本当に嬉しかったです。エキストラのみなさんに感謝しています。

今回の役で、ご自身が共感した部分はありますか。

晴希が「チアをやる」と覚悟を決めたシーンは、共感できました。自分も俳優業1本でいくと決めた時は覚悟が必要だったので。

大学に行かないといけないかな……とか、いろいろ考えましたけど。この仕事は、タイミングとか、運とか、人との出会いとかが重要だと思います。原作者の朝井リョウさんからも、これまでに何度か『チア男子!!』の映像化を試みたけれど、キャストが揃わなかったという話を聞きました。だから、今回映像化できたのは奇跡だと思いますし、縁を感じます。自分がもし、あと5年遅く生まれていたら、きっと今回の役はできていないですよね。

大学に行くか、俳優業をやるかで迷ったとのことですが、大学に行きながら俳優業をやるという選択肢はなかったのですか。

僕は、一つのことにしか集中できないタイプで、中途半端になってしまうのが嫌で……。

おそらく、大学に行ったら、大学生活を一所懸命に頑張りたいと思ってしまいます。大学生活と俳優業を、両方とも器用にこなすのは難しいだろうと考えました。

そこで、どちらの進路を選びたいのかを親と話していくうちに、自分は進学よりも俳優業をやりたいのだと気づきました。

もし大学に行っていたら、どんな部活やサークルに入っていたと思いますか。

やはり演劇部ですかね。大学に進学していたとしても、芝居は好きだったと思います。

普段、同世代の俳優たちと演劇論を交わすことはありません。先輩方の意見は、むしろ聞きたい方なのですが(笑)。

同世代とは、なれ合いになるのが嫌で、演技について語り合ったりはしないです。

でも、大学の部活やサークルであれば、みんなの意見を聞きたいと思うのかもしれませんね。

横浜さんにとって、どのようなところに俳優業の魅力を感じますか。

自分の作品で人が感動してくれたり、影響を受けてくれたりするのが、とても嬉しいです。また、役を通していままで自分が味わったことのない人生を歩めるのは、不思議な感じがしますが、幸せを感じます。

毎回役と向き合うたびに、自分の考え方や性格が変わっていきます。「自分にはこんな一面があったのか」と気づいたり、視野が広がったのを実感したり。それも大きな魅力ですね。

今後の目標をお聞かせください。

地に足をつけて、いただいた作品を一つひとつ丁寧にやりたいです。

みなさんが思う僕のイメージを壊していきたいし、だからこそ、いろいろな作品・役に挑戦していきたいですね。そして、作品を見た人が何かを感じでくれたら幸せです。

いままさに青春を謳歌している高校生や、進路を模索する高校生に、応援メッセージをお願いします。

「継続は力なり」です。何事も続けなければ意味がないし、続けることに意味があります。これは、空手から学んだ教訓です。ずっと結果が出なくても続けてきて、努力は報われると実感しました。

僕は、いまになって「もっと勉強しておけば良かった」と感じています。高校時代は、「勉強なんて」と思っていましたが、社会に出てみて勉強の大切さが痛いほど分かりましたね。

あとは、友達と一緒にいる時間を大切にしてほしいです。

明日何が起こるかわかりませんし、一日一日を大切にしてください。いまやりたいと思ったことを全力でやってほしいし、後悔はしてほしくないですね。自分がやりたいと思ったことは、周りに流されずに貫いてください。