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「ハリー・ポッター」を初めて読んだとき絶対に翻訳したいと思いました

松岡ハリス 佑子 まつおか ゆうこ さん

 静山社会長。スイス在住。国際基督教大学卒業、モントレー国際大学大学院国際政治学修士修了。「ハリー・ポッター」シリーズの翻訳を手がけ、エッセイストとしても活躍。最近では、イアン・ベックの『少年冒険家トム』にほれ込み、日本語版の出版を決め、みずから翻訳。作者のベック氏とも親交を深めている。

 世界中で大ブームを巻き起こし、販売部数はなんと4億冊を超えるファンタジー小説「ハリー・ポッター」シリーズ。その日本語版を翻訳・出版された松岡ハリス佑子さんに、日本語版「ハリー・ポッター」シリーズの魅力はもちろん、ご自身についてもお伺いしました。

「The Boy who Lived(生き残った男の子)」

 原作を読んだきっかけは、20年来の友人が薦めてくれたことからでした。第1章のタイトルは「The Boy who Lived」。“TheBoy”はハリー・ポッターのことですが、“Lived”には生きた、生活した、などいくつも意味があるので、これだけではどう訳せばいいか分かりません。そこで章を読み進めると、英国中の魔法使いが彼のためにこっそり祝杯をあげるシーンがあるんです。その最後の一文が頭の中で「生き残った男の子に乾杯!」という日本語でひらめいたとき、鳥肌が立つほど興奮しました。ここから壮大な物語が始まるんだなって。そうしてできたタイトルが「生き残った男の子」。この名作を絶対に翻訳したいと思った瞬間です。

おもしろさを日本語で伝えるために

 当時、私は亡くなった夫が創立した出版社を継いでまだ2年目で、文芸書の翻訳もこれが初めてでした。 だから翻訳するにあたっては評判のいい翻訳書をたくさん読んで分析したし、日本でその時読まれていた学校指定図書なども調べました。ところが「ハリー・ポッター」を児童文学のつもりで訳してみると、言葉の制限がずいぶんあって原作のおもしろさがうまく表現できなかったんです。じゃあどういう文体にすればいいのか?第一章を何度も訳し直して、何度も何度も読みました。そのうえ翻訳を手伝ってくれた人たちから厳しいチェックを受けて、それを受け入れたり蹴っ飛ばしたり(笑)。最終的に自分の感性で選び取ったのが、大人の言葉を使った今の文体です。

長く愛される本を目指して

 長く愛される本にするためには、いつの世にも受け入れられる正しい言葉づかいをしなければなりません。今だけ流行っている言葉は使いたくない、そう考えて自分の育った時代の古くて難しい言葉も使いました。そうして文体のリズムがのると、「ハリー・ポッター」の魅力のひとつである造語にも、ぴったりの日本語が浮かぶんですよね。“Put-Outer(灯消しライター)”とか、“Nearly Headless Nick(ほとんど首なしニック)”とか、ぱっとひらめきましたね。だけど、それもこれまでの知識の蓄積があるから出てくる。無から有は生まれないですから。

翻訳者によって本の印象は変わる!?

日本語版「ハリー・ポッター」シリーズ。発行部数は2,494 万部!

 原作はとてもイメージがわきやすい本なので、翻訳する人によって印象がまったく違う本になりえたと思います。私もまた私なりの感性で、こうに違いないと思ったイメージを大切にしました。 例えば架空のスポーツ“クィディッチ”。魔法のほうきに乗ってプレイする魔法界で大人気の球技なんですが、サッカーでもフットボールでもなくて…。そもそも原作者J.K. ローリングがスポーツ大の苦手なんですよ(笑)。私も同じくらい苦手なので、サッカー通のスタッフにスポーツ用語を教えてもらいながら、何度も訳を練って試合の臨場感を出しました。

チャンスをつかむための準備を

 皆さんの年齢で進路を完全に決めるのは難しいですよ。人生には何度も転機が訪れるし、その人にとっての“いい時”がいつ来るかは分かりません。そのときまではとりあえず学校の勉強をしっかりやりましょう。私はいま翻訳家で、通訳者としても国際的に働いていますが、それはいろいろな運や転機が重なった結果です。勉強も英語も大好きで成績も優秀でしたが、大学生になるまで生の英語に触れたことはほとんどなかったし、初めて海外に行ったのは28歳のとき。「語学力」というのは単に会話ができることではないんです。どんな仕事に就くにしても、知識と一般常識をどれくらい持っているか、そしてチャンスをつかめる備えをしているかどうかが大切なんですよ。

INFORMATION

松岡さんが翻訳を手がけた最新小説『少年冒険家トムⅠ 盗まれたおとぎ話』が2012年1月に発売になりました!詳細は静山社HPにて。
http://www.sayzansha.com/jp/

(掲載日:2012-05-01)

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