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どうして大学に行かなくちゃならないんだろう(ショートストーリー) 筆者:橋本 光央

「どうして大学に行かなくちゃならないんだろう?」最近、スグにそんな事を考えてしまう。だから、なかなか勉強が手につかないんだ。
別に逃げてるワケじゃない。だって、冷静に考えると大学の授業料って年間100万円くらいだから、入学金とかを合わせると4年で500万円になるだろ。高卒ですぐに働けば年収400万円として4年間で1600万円。大学に行く・行かないで2000万円以上も違ってくるんだ。2000万円って、大金じゃないか。だから、高卒で働いた方が、絶対に得なんだ。
「ねぇ、お父さん」
「なんや、えらい改まってからに」
「ウチって貧乏だろ」
「えらいまたエゲつないストレートを投げてくるなぁ。インハイぎりぎり、胸元をエグる剛速球やで。そら、今は不景気やさかいなぁ。貧乏っちゅうほどでもないけど、金持ちではないわなぁ」
「だからね、ボク、高校を卒業したら、すぐに働こうと思うんだ」
「何やて」
「だから、大学には行かないでおこうと」
「アホ。ちゃんと大学に行かんかい」
「だってさ、イマイチ良いイメージがないんだ、大学に」
「どういう事や」
「今どき大学で勉強したところで、卒業後の就職率は低いって言うじゃない。それなら高卒で働いた方が」
「あほんだら。お前なぁ、何のために大学に行くと思とるんじゃ」
「いろいろあるけど、やっぱり勉強のためだろ。でも本当に勉強したいなら、独学でもできると思うし」
「何ふざけたこと言うとんねん。大学ちゅうトコはなぁ、勉強しに行くトコやあらへんのや」
「じゃあ、やっぱり就職のため」
「分からんヤッちゃなぁ。大学はなぁ、そういうトコと違うんじゃ。遊びに行くトコや」
「なに言ってんだよ。遊ぶために高い授業料を払うなんて、もったいないじゃない」
「アホ、それが勉強じゃ」
「えっ」
「ただなぁ、遊ぶと言うたかて、時間を無駄に使うことやあらへんで。世の中には、いつもいつも『ヒマや』ちゅうてるヤツがおるけど、あれはバカや。『何もやる事がない』んやのおて、『自分は何も出来ません』って言うてるようなモンやさかいな」
「……」
「逆に、『忙しい忙しい』ばっかり言うてるワーカーホリックもアカン。あんなモン、早よ出来る仕事をタラタラと先伸ばしにしてるだけの、アホなヤツや。『仕事が忙しい』んやのおて、『自分は能力が低い』って言うてるだけやさかいな。
せやから今の世の中、上手いこと遊べる時間を作れるヤツが一番エライんじゃ。
ただな、高卒くらいでは遊びに遊ばれるだけで、上手に遊ぶことも出来ん。そういうヤツは、ロクな人間にならんのや。いろんな事を経験したら、もっともっとやりたい事が出てくるさかいなぁ。それが大学で遊ぶ、ちゅうことや。分かったか。分かったら『大学へ行かへん』てなアホなこと言うてんと、ちゃんと大学まで遊びに行ってこんかい。ワシの脛、そこまで細い事あらへんよってな」
 受験勉強に疲れて、やっぱり逃げていたのかな、ボク。でも、また勉強したくなってきた。
「分かった。じゃあもう少しだけ齧らせてもらいます、お父さんの脛を。お父さん、ありがとう」

(大阪国際滝井高等学校 総務部 橋本光央)

【筆者プロフィール】
1989年より、大阪北予備校に勤務。
2007年より、大阪国際滝井高校に勤務。
橋本喬木のペンネームにてショートショートを執筆。
光文社文庫『ショートショートの宝箱』等に作品掲載あり。

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