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式辞に泣く~相双地区5校卒業式と休校式 筆者:羽根田 ひとみ

2011年3月、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)により、
東京電力福島第一原子力発電所が事故を引き起こした。
福島県浜通りの避難指示区域内にあった通信制を含む12校は、
本校舎を離れた。
県内外の高校や大学などをサテライト校として借り、
或いはプレハブ校舎で伝統と歴史をつないできた。

特に被害が大きかった相双地区5校のうち、
浪江高校、浪江高校津島校、富岡高校3校も、
それぞれプレハブ校舎であり、
他校の敷地に「間借り」していた。
決して良い環境ではないのにもかかわらず、
後輩たちは選んで入学してきた。

その後2015年春、双葉郡広野町に
県立ふたば未来学園が開校し、
同郡内の避難地域にある浪江高校、浪江高校津島校、
双葉高校、双葉翔陽高校、富岡高校は
この春休校することになった。

3月1日、卒業式と休校式が行われた。
5校とも進路ガイダンスや小論文指導などでかかわってきたため、
私は、午前9時30分からはサンライズ本宮で行われた
浪江高校、浪江高校津島校の卒業式、
そして、午後1時からはパルセ飯坂で行われた
富岡高校の卒業式と休校式にそれぞれ出席した。
(双葉高校と双葉翔陽高校は、いわき地区担当者が出席した)

富岡高校の山崎雅弘校長は
「全てが借りの生活だった。
不自由であったからこそ感謝の心を持てた。
生きていることは誰かに借りを作ること。
生きて行くことは誰かに借りを返すこと」
と、言葉を詰まらせ式辞を述べた。

浪江高校、浪江高校津島校の佐藤京治校長は、
「福島県内のみならず、
全国からの励ましがあったことを忘れないで欲しい。
20年、30年先どんなにIT化が進んでも、
大事なことは誠実に、謙虚に、ひたむきに生きること。
私のふるさとは浜通りにある。ふるさとのために活躍して欲しい」
と、涙した。

教職員のみならず、会場の多くが涙した。
私も気持ちよく泣けた。
校長先生の式辞で泣いたのは初めてだった。

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