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「定常型社会(縮小社会)の教育像 その1」筆者・葉養正明

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「定常型社会」論を提起した広井良典氏は、この類型を次のように定義している。
「『定常型社会』とは、右肩上がりの成長、
特に経済成長を絶対的な目標としなくとも十分な豊かさが実現されていく社会。」

ところで、そのような社会については、
経済成長路線とは決別する、少子化・人口減少はやむを得ないなど、
現在の日本政府の政策とは真逆とも言える方向性を基礎にしている。
では、我が国の教育は、どのような未来像に結実するのだろうか。
本コラムで何回か取り上げてきたが、少子化・人口減少が中長期的に継続すると考えると、
学校システムの縮減は避けられないと想定される。
小中学校の適正規模については、文部科学省令に12~18学級とする規定があり、
それが維持されるよう条件整備を進めることが市町村の教育行政の役割、と考えられている。
また高校についても法律には適正規模維持に配慮する旨の規定があり、
小中学校と同様全国各地で統廃合、再編が進行している。
さらに、近年は大学についても定員割れが広がっているため、
大学経営の視点からの統合再編に進む事例があいついでいる。

少子化・人口減少で学校規模が極端に小さくなった場合には学校統廃合もやむを得ない、
という社会の空気は広がっているが、
その際浮上する課題は、地域ごとに人口密度が異なることへの対処の仕方である。
適正学校規模を一律に適用すると、人口密度が低ければ規模維持に要する通学距離は拡大する結果となる。
極端な場合、学校規模の適正基準を満たそうとすれば、
町村内には学校設置が不可能になるか、通学距離の際限のない拡大を許容しない限り、
適正な学校規模を維持できない事態が発生する。

そこで、少子化・人口減少下の定常型社会では、
新たな教育形態を通じて児童生徒数等の小規模化や通学距離の拡大に対応することが必要になる。
そこでこの問題を深めるため、
OECDによる『明日の学校教育のシナリオ』(2004年、協同出版)の記述を参照しよう。
同書は、未来社会における教育改革を次の6つのシナリオで整理している。
(1)現状維持型
シナリオ1 強固な官僚的学校制度
シナリオ2 市場モデルの拡大
(2)再学校型
シナリオ3 社会の中核的センター
シナリオ4 学習組織の中心としての学校
(3) 脱学校型
シナリオ5 学習者ネットワークとネットワーク社会
(組織的な学校制度への不満が拡大する一方で、
ICTの可能性を利用したノンフォーマル学習によるネットワーク社会が形成される。)
シナリオ6 教員の集団的移動―溶解
(政策で対応できないほど深刻な教員不足が生じる。
危機は広範囲な教育改革に拍車をかけるが、将来の見通しは不透明なままである。)

以上の整理を基礎にすると、日本の現段階はシナリオ2から3への移行時期にあると想定されるが、
翻って定常型社会は少子化・人口減を伴うため、シナリオ5ないし6で教育像を描くことが要求される。
我が国で進行中の「令和の日本型学校教育改革」では、
学校のデジタル化が柱になっているが、定常型社会では、
それをさらに広げた「ネットワーク型社会」に突き進むことになるのだろうか。
次回は、デジタル化社会の光と影に目を配りながら、定常型社会の下での教育について考えてみたい。  

【プロフィール】
教育政策論、教育社会学専攻。
大学教員として46年間過ごし、現在は東京学芸大名誉教授、
国立教育政策研究所名誉所員。
少子化・人口減少、大震災や戦乱などの社会変動のもとにおける
学校システムのあり方などを主テーマにしている。
近刊論文は、「縮小社会における学び拠点の脱構築とレジリエンス
―東日本大震災後の宮古市の小中学校の社会的費用に関連して」
(『淑徳大学人文学部研究論集第8号』2023年3月)。
単著は、『人口減少社会の公立小中学校の設計
―東日本大震災からの教育復興の技術』(協同出版)、その他。

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