進路ナビニュース

「日本の力」筆者・葉養正明

高校生のための進路ナビニュース

温暖化(暑い夏)、大震災やコロナ禍・戦乱等々、
地球全体を襲うかつてない「危機」が我が国の生態系にも襲いかかっている。
我が国にあっては、さらに人口減少、「失われた30年」、貧困や格差の拡大等、
社会経済の、あるいは政治的なリーダーシップによって、
対処可能な領域も逼迫の度合いを強めている。
人生の大半を今後の21世紀後半に過ごすことになる若者たちは、
薄曇りの「未来」しか描けない状況のなかでうつむき加減で歩を進めているように見える。

大西広著『「人口ゼロ」の資本論』(講談社)を先日読み終えたが、
そこで出会った次の記述が脳裏に残る(149、150ページ)。

「フロリダのユニバーサル・スタジオの『高級ホテル』に泊まった時のことです。
きれいなホテルですべての施設が万全であるように見えて、私の部屋には2つの問題がありました。
ひとつは部屋の引き出しに前の客のゴミが残っていたこと、
もうひとつはヘアー・ドライヤーがショートしてブチッと切れたことです。
ささいな話ではありますが、このような体験を
私は日本のビジネス・ホテルでもしたことがありません。・・・
この『日本との違い』はアメリカから飛行機に乗って日本に帰ってきた時に強く印象づけられました。
というのは、アトランタ発成田着の飛行機が5時間ほど遅れたために、
その日のうちに京都の実家まで帰れるかどうかを心配しつつ成田に降り、
そこで鉄道窓口に相談したところ、恐ろしいほどの『神対応』を経験したのです。・・・
鉄道窓口の女性が、名古屋までの新幹線なら東京駅で最終便に乗り換えられると教えてくれました。
その日のうちに名古屋まで行き、
駅前で一泊して翌早朝に名古屋を出れば京都の出勤に間に合います。・・・
私が改めて思うのは、この仕事はこの程度の能力でできる、と簡単に考えず、
どんな仕事にもクオリティーがあるということ、一人ひとりがその職業意識をもって、
ハイクオリティーな仕事をする国というものの力がどこかにあるのではないか、ということです。
言い換えますと、これこそが『国のかたち』ではないでしょうか。」

以上の記述から思ったのは、「薄曇り」の未来を突き破る「日本の力」は、
すべての若者の力の総和、若者がキャリアのなかで専門性を培い、
それを生かす力として考えるべきではないか、ということである。
「薄曇り」の現在にも、MLBの大谷選手や将棋の藤井氏、あるいは、
ボクシングの井上選手など一筋の光明が差し込んではいるが、しかし、
「日本の力」というのはそれらで代替できない広がりと深さをもつものなのであろう。
教育論で言えば、ひと頃の教育論壇を風靡したD.ショーンの
『専門家の知恵 反省的実践家は行為しながら考える』(佐藤学・秋田喜代美訳)
が指摘するまちなかの専門家の重要性である。

【プロフィール】
教育政策論、教育社会学専攻。
大学教員として46年間過ごし、現在は東京学芸大名誉教授、
国立教育政策研究所名誉所員。
少子化・人口減少、大震災や戦乱などの社会変動のもとにおける
学校システムのあり方などを主テーマにしている。
近刊論文は、「縮小社会における学び拠点の脱構築とレジリエンス
―東日本大震災後の宮古市の小中学校の社会的費用に関連して」
(『淑徳大学人文学部研究論集第8号』2023年3月)。
単著は、『人口減少社会の公立小中学校の設計
―東日本大震災からの教育復興の技術』(協同出版)、
『小学校通学区域制度の研究―区割の構造と計画』(多賀出版)、その他。

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