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「『個別最適な学び』とはなにか」筆者・葉養正明

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「個別最適な学び」という言葉がはびこっている。
令和3年1月に公にされた中教審答申を受けたものである。
では、「個別最適な学び」とは、なにか。
この言葉について、文科省中教審答申概要は次のように解説している。

「個に応じた指導」(指導の個別化と学習の個性化)を学習者の視点から整理した概念。

つまり、教育学で多用されてきた「教育の個別化」と「教育の個性化」を引き継ぎ、
発展させようという趣旨に基づく言葉と言って良いようだ。
中教審の議論に少なからず影響を及ぼしたと思われる、
産業構造審議会 教育イノベーション小委員会「学びの自律化・個別最適化WG」
事務局説明資料(経済産業省、令和3年12月)は以下のように言う。

同調圧力・正解主義から脱し、
(1)一人一人の認知の特性を踏まえてその力をさらに伸ばす刺激を与え、その伸びを可視化し、
(2)他者との対話を通じて「納得解」を形成する場が不可欠、
という視点が目指すべきところ。

では、そもそも個々人にとって「最適な指導形態や学習形態」を判断する教師は、
どのような術を用い意思決定を進めれば良いか。
「教師の決めつけ」には陥らずに一人一人に「個別最適な学び」を導き出すには、
どのようなアプローチが必要なのか。
ここで思い起こされるのは、ノーベル経済学賞受賞で知られるサイモンが提起した
「最適化」と「満足化」の議論である。
サイモンは、問題解決のための判断・決定に関して、
客観的合理性と主観的合理性とを区別した上で、
人間は客観的合理性を持って行動する存在であることに疑念を抱くところから所説を展開する。
では、「客観的合理性」とは何か。

サイモンは、「客観的合理性とは、行動する主体が
(a)決定に先立ってすべての行動の選択肢をパノラマのように概観し、
(b)それぞれの選択肢を選んだ場合に起こると思われる結果全体を考慮し、
(c)全選択肢からただ一つのものを選択する基準として価値のシステムを用い、
意思決定を行う主体のすべての行動を統合されたパターンに形作る、
ということを意味する」とする(関西大学田中俊也氏による)。
つまり、「客観的合理性」とは、全能な存在としての営為を前提にするが、
実際の人間はそうした全能的な客観的合理性を基礎とはしていない。
人間存在は「限定合理性」に基づく存在である。
こうして人間存在はその意思決定に際して「限定合理性」に代わる根拠を必要とすることになるが、
サイモンはそれを「満足化」という概念に求める。

なお、意思決定における満足化について、サイモンは次の3点を指摘する。
1)すべてのありうる行動の選択肢を最初に調べることなしに、
また、それらが本当にすべての選択肢であるのかを確認することなしに選択を行う。
2)世界を空疎なものとみなしあらゆることがらの相互の関連性を無視することによって、
比較的単純な経験則から意思決定を行う。
3)単純化によってエラーが生ずるかもしれないが、
人間の知識や推論の限界を前にするとそうした選択肢しかあり得ない。
以上の所説を垣間見たとき「個別最適な学び」とはなにかという問いに向き合うには、
学習者の選択や意思決定にとことん拘泥する構えが重要になるようだ。

【プロフィール】
教育政策論、教育社会学専攻。
大学教員として46年間過ごし、現在は東京学芸大名誉教授、
国立教育政策研究所名誉所員。
少子化・人口減少、大震災や戦乱などの社会変動のもとにおける
学校システムのあり方などを主テーマにしている。
近刊論文は、「縮小社会における学び拠点の脱構築とレジリエンス
―東日本大震災後の宮古市の小中学校の社会的費用に関連して」
(『淑徳大学人文学部研究論集第8号』2023年3月)。
単著は、『人口減少社会の公立小中学校の設計
―東日本大震災からの教育復興の技術』(協同出版)、
『小学校通学区域制度の研究―区割の構造と計画』(多賀出版)、その他。

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