「『英語を使う仕事に就きたい』ではダメなのか?」筆者・法政大学キャリアデザイン学部 教授 児美川孝一郎 更新日: 2023年3月17日
高校生のための進路ナビニュース
先日、高校1年生を対象とする進路講演に出かけた。
担当の先生と話していて、はたと考えさせられたことがあった。
その高校は、普通科と国際科を併設している学校ということもあって、
とりわけ国際科のクラスの生徒のなかには、
「将来は英語を使う仕事に就きたい」と言う生徒が少なくないのだという。
そういう生徒を前にして、その先生は、
「英語を使う職業なんて、いくらでもあるんだから、もっと具体的に絞らないとね」
という方向での進路指導をしてきたという。
しかし、そういう指導方針で本当にいいんだろうかというのが、
その先生が筆者に向けてきた問いである。
直感的に、かなり本質的な問題なのではないかと思った。
これまでの進路指導やキャリア教育の「公式」では、
生徒には将来の目標を明確にさせ、そこに向けて必要なことを理解させたうえで、
コツコツと努力していくように仕向けること
(いわば「キャリアプランニング」論)が「定番」であった。
この観点からすれば、希望の職業を具体的に絞らせるという指導の方針は、
もちろん間違っていない。
しかし、これだけ複雑で、変化の激しい社会である。
大人社会を見渡しても、
自らのキャリアプランニング通りに仕事に就いたなんて人は、
いったいどれだけいるのか。
むしろ、キャリア選択においては、
選択肢の幅を広げ、柔軟に臨み、偶然のチャンスをも生かしていくこと
(まさに、クランボルツの「計画的な偶発性」論)
のほうが得策なのかもしれない。
そうであれば、生徒に対する指導のあり方も変わってくるのではないか。
英語を使う仕事のバリエーションについて、
いろいろ調べてみることを促すといった指導はあってよいと思うが、
無理に希望を限定させる必要はない。
むしろ、自分がなぜ「英語を使う仕事」にこだわるのか、
その根っこを掘ることが大事になるし、どんな仕事に就くとしても
自分の強みを生かせればよいといった柔軟な発想も必要になるのだろう。
【プロフィール】
教育学研究者。
1996年から法政大学に勤務。
2007年キャリアデザイン学部教授(現職)。
日本キャリアデザイン学会理事。
著書に、『高校教育の新しいかたち』(泉文堂)、
『キャリア教育のウソ』(ちくまプリマー新書)、
『夢があふれる社会に希望はあるか』(ベスト新書)等がある。