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「教育におけるソーシャルキャピタルとレジリエンス」筆者・葉養正明

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15年ほど前ソーシャルキャピタルという言葉が、飛び交ったことがあった。
教育学を含め社会科学一般で注目を集め、
指標化の努力や実証研究が進められた。
経済官庁にも関心が広がったのは、
この概念が人間関係の築き方に着目しているためである。
政策を推進するにしても、財政出動は必要とされない。
研究者の中には、ソーシャルキャピタルの伝道師を名乗る向きも出現し、
研究会に出席すると、経済学のみならず、
極めて多様な分野に関心が広がっていることが見て取れた。
しかし、近年ではソーシャルキャピタルという言葉を
見聞きすることがめっきり減った。
代わって目立つようになったのは、レジリエンスという言葉である。

では、そもそも両概念はどのような内包を含むか。
まず、ソーシャルキャピタルという概念は、
ハーバード大学の政治学教授 ロバート・D.パットナムの用法では、
(1)信頼、(2)ネットワーク、(3)規範の存在、という3要素を柱としている。
平たく言えば、人間間の「絆」を資本と考える思想である。
他方、レジリエンスという概念は、元来物理学の用語であったとされ、
復元力、回復力などを意味している。
復元力の土台となる地域社会のネットワークにも着目しているため、
ソーシャルキャピタル概念と重なる面がある。
震災復興論などで使用されることが多い。

教育領域でこれらが使用されるのは、
まず、ソーシャルキャピタルについて言うと、
パットナム著の『孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生』
(柏書房、2006年)で、
米国各州のSAT点数がソーシャルキャピタル水準との間に
正の相関があることを明らかにされるなど、
生徒の成績に関係が深いことが指摘されるためである。
わが国でも、子どもの学力が、児童生徒間などのソーシャルキャピタルと
正の相関を持つことを解明した研究も現れている。

レジリエンス概念に注目が集まるのは、
この概念が教育分野では新しいという点もあるが、
子どもが被災や家庭の貧困等にめげず、未来を見つめキャリアを開こうとする、
という点に光を当てているからであろう。

社会生態のデータ分析で、所得層が低い地域の学校学力が
低くなることを解明した社会学的研究は少なくない。
しかし、そこで生活する子どもたちにとっては、
「では、何をどうすればよいのか?」
という問いに立ち向かう動機付けを育むことこそが重要である。
多難な未来に向き合うことになる子どもたちに向けて、
「教育におけるレジリエンス」という視点を
もっと重視する必要はないか。

【プロフィール】
教育政策論、教育社会学専攻。
大学教員として45年間過ごし、現在は東京学芸大名誉教授、
国立教育政策研究所名誉所員、埼玉学園大学大学院客員教授。
少子化・人口減少、大震災や戦乱などの社会変動のもとにおける
学校システムのあり方などを主テーマにしている。
近刊論文は、「東日本大震災における宮古市の子どもの生活
・学習環境意識の変化とレジリエンス―縦断調査を通して」
(『災害文化研究』第6号、2022年5月)。
単著は、『人口減少社会の公立小中学校の設計
―東日本大震災からの教育復興の技術』(協同出版)など。

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