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【進路コラム】「『測定執着』のゆがみ」筆者・葉養正明

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久しぶりに歯切れの良さを感じた新聞論説は
長谷川眞理子(総合研究大学院大学長)氏の
「数値目標による評価 『測りすぎ』ていないか?」
(毎日新聞「時代の風」、2022年5月29日)であった。
氏は、冒頭で次のように語る。

「昨今はどんなところでも「数値」が幅を利かせている。
仕事に関して数値目標を示す、いろいろな機関をランク付けする、
論文の被引用率によって論文の質を評価する、などなどだ。
それらの数値を材料として、その機関や個人の評価がなされる。
そして、それが客観的で透明性のあるやり方だとされている。」

以下、ジェリー・Z・ミュラー著『測りすぎ』
(松本裕訳、みすず書房、2019年)を下地に論述している。
ミュラー著「測りすぎ」は全体で189ページの
コンパクトな書物であるが、論旨は極めて明晰明快である。
キーワードは「測定執着」にあるが、
ミュラーはそれを「測定基準への執着」と述べる。
その主要素は次の3点にあるとする。
 ・個人的経験と才能に基づいて行われる判断を、
 標準化されたデータ(測定基準)に基づく相対的実績という
 数値指標に置き換えるのが可能であり、望ましいという信念。
 ・そのような測定基準を公開する(透明化する)ことで、
 組織が実際にその目的を達成していると保証できる
 (説明責任を果たしている)のだという信念
 ・それらの組織に属する人々への最善の動機付けは、
 測定実績に報酬や懲罰を紐付けることであり、
 報酬は金銭(能力給)または評判(ランキング)であるという信念

生徒対象のテストや偏差値などに一喜一憂し、
教員評価や学校評価にさらされる学校現場からしたら、
ミュラーの具体例を持ち出ださずとも容易に理解可能と思われるが、
ミュラーはこの「測定執着」の「意図せぬ、だが予測せぬ悪影響」
としていくつかを列挙する。
 ・測定されるものに労力を割くことで、目標がずれる
 ・短期主義の促進 ・従業員の時間にかかるコスト
 ・効用の逓減 ・規則の滝
 ・運に報酬を与える ・リスクをとる勇気の阻害
 ・イノベーションの阻害 ・協力と共通の目標の阻害
 ・仕事の劣化 ・生産性のコスト

大学の一介の教職員にも、
国からの調査ものが押し寄せるようになった。
しかし、調査項目が大学の実情に適合していないと感じることも多い。
だが国からの調査ものとなると、
提出を促す事務局の督促は強い。
大学の評価にかかわるからである。
教職員の使命の核心は研究と教育にあるが、
ミュラーの言う、
「測定されるものに労力を注ぐことで、目標がずれる」ことで、
結果的に本来的な使命の達成が遅れ、
あるいは達成状況の悪化する可能性が生ずる。
成果の「見える化」やそのための数値活用などにも利点はあるが、
その功罪全体を見渡すことが必要で、
「測定基準という手段が、本来それを役立てるべき
組織の目的にすりかわってしまう」危険は、
常に肝に銘じておくべきことかもしれない。

【プロフィール】
教育政策論、教育社会学専攻。
大学教員として45年間過ごし、現在は東京学芸大名誉教授、
国立教育政策研究所名誉所員、埼玉学園大学大学院客員教授。
少子化・人口減少、大震災や戦乱などの社会変動のもとにおける
学校システムのあり方などを主テーマにしている。
国立教育政策研究所教育政策・評価研究部部長、
長野県教育委員、東京都足立区教育委員などを務めてきたほか、
国や地方の各種審議機関の委員等も歴任。
近刊論文は、「東日本大震災における宮古市の子どもの
生活・学習環境意識の変化とレジリエンスー縦断調査を通して」
(『災害文化研究』第6号、2022年5月)
(災害文化研究会―Association for Research on Disaster Culture
(iwate-u.ac.jp) )など。
単著は、『人口減少社会の公立小中学校の設計
―東日本大震災からの教育復興の技術』(協同出版)、
『小学校通学区域制度の研究―区割の構造と計画』(多賀出版)、
『よみがえれ公立学校』(紫峰書房)その他。

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