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【進路コラム】「荒井君の話」筆者・橋本光央

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私が予備校で私立大文系基礎クラスの
担任をしていたときのことです。
入塾テストを採点しているときに、
ミミズののたくったような字の答案を見つけました。
「こいつ、ナメとんか」と思ったことを覚えています。
結局、その生徒は私のクラスで預かることになったので、
「性根をたたき直してやろう」と思い、
最初に面談をすることにしました。
名前も五十音順のトップ、荒井だったからです。

そして面談室へ、ひょっこらひょっこら歩いてきた荒井君。
「よろしくお願いします」
という言葉さえ呂律の回らない身体障がい者でした。
そのときの面談内容は忘れてしまいましたが、
最後に「予備校生活を送るにあたって、要望はありますか」
と尋ねたところ、
「特別扱いはしないでください」と言われたことを覚えています。
そして「ただ、できれば教室の右端に座らせてください。
右手がうまく使えないので、他の生徒の迷惑にならないように」と。

私は、ガーンと頭を打たれたような気持ちになりました。
というのも無意識のうちに、
「何か特別なことをしてあげないといけない」
と思っていたからです。
でも、彼の心は健常者そのものでした。
彼を特別視してしまった私は、
自分のことを恥かしく思いました。
その後、彼と話をするときには意識して、
他の生徒と同じようにしました。
ただ、気づかれないようなところで、
それなりの配慮はしていましたが……。

そして一年が経ち受験シーズンを迎えました。
ところが「身障者特別入試は受けたくない」と主張する彼。
でも、字を書くのに時間がかかるのは事実で、
時間内に試験をやり終えるのも困難な状況でした。
ただ、当時はマークシートが全盛の時代で、
記述問題のない入試を実施している大学があったのです。
私はその一つ、大阪経済大学の受験を勧めました。
結果、見事合格。
その報告に来てくれたときの彼の笑顔が輝いて見えました。

7~8年後、偶然荒井君と再会しました。
ひょっこらひょっこら歩く姿は当時のままでしたが、
服装は一変、スーツ姿となっていました。
声をかけ、話してみたところ、
「公務員試験に合格し、働いている」と、
昔と変わらぬ笑顔で応えてくれました。

そして別れ際、
「予備校時代には『特別扱いはしないで』と言っていたけれど、
いろいろと気を遣っていただき、ありがとうございました」
と言われました。
どうやら、私がこっそり行っていたことも
全て分かっていたようです。
当時から荒井君のほうが一枚上手だったようです。
障がい者に対する私の心持ちを叩き直してくれた荒井君、
記憶に残る生徒の一人です。

【プロフィール】
1989年より大阪北予備校に勤務、
2007年より大阪国際学園に勤務。
橋本喬木・天野大空のペンネームにてショートショートを執筆、
2月15日に刊行される光文社文庫『ショートショートの宝箱?』
https://yomeba-web.jp/special/ss-cam5/
に天野大空『文豪コイコイ』が掲載されています。

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