【進路コラム】「公共」筆者・橋本光央 更新日: 2021年11月27日
高校生のための進路ナビニュース
新学習指導要領の下、
新たに設けられる科目『公共』です。
その目標とするところは、
「社会的な見方・考え方を働かせ、
現代の諸課題を追究したり解決したりする活動を通して、
公民としての資質・能力を育成すること」で、
「調べる・議論する・考察する・構想する・発表するなど
協働に基づく主体的・対話的で深い学びを通じて、
思考力、判断力、表現力等の養成を行う」
という趣旨が述べられています。
簡単に言うと「知識詰め込み教育ではなく、
考えて実行する教育が大切」ということでしょう。
これはこれで素晴らしい教育理念だと思います。
ただ、考える学習を推進するあまり、
それが金科玉条になってほしくないということです。
なぜなら、やはり知識は大切だから。
知識教育を否定するのではなく、
知識の上に議論が成り立つからです。
例えば、最近注目されている
「国際バカロレア」における歴史の授業では、
正しい歴史の知識を有していることを前提として、
「もし、あの時にあの人がこうしていたら、歴史はどうなったか」
を議論します。
だから、その時代の知識がなければ、
議論に参加することができません。
知識なくして授業は成り立たないのです。
また、中途半端な知識、偏った知識で
「安楽死や尊厳死を認めるべきか」「国際問題」
を議論すると、とんでもないことになりかねません。
それに、「細川連立内閣と安倍連立内閣を比較し、
望ましい政権のあり方を考える」など、
大人でも答えが出せない問題はどう扱っていいのやら。
生徒自身に知識がない場合、
教え方によっては知識の偏重へとつながってしまいます。
だから生徒たち自身に知識が必要なのです。
本来、知識が増えることは楽しいことです。
幼い子どもが両親に「あれ何、これ何」と尋ねるのは、
「知ることが楽しい」からです。
やはり知識は大切です。
そんな「大切な知識」を増やすためには、
単に詰め込むのではなく、生徒たちの好奇心を刺激し、
「知の欲求」を高めることが有用なのです。
そして我々は、そういう授業をしなければなりません。
それが「自ら学ぶ力」を生みだし、
「探究」する力を身につけ、
ひいては「公民としての資質・能力の育成」へと
つながるのだと考えます。
【プロフィール】
1989年より大阪北予備校に勤務、
2007年より大阪国際学園に勤務。
橋本喬木・天野大空のペンネームにてショートショートを執筆、
光文社文庫『ショートショートの宝箱』シリーズ等に作品掲載あり。
日本SF作家クラブ公式ホームページやweb光文社文庫Yomebaにて
作品を無料公開中。
『人体縮小薬』橋本喬木|日本SF作家クラブ
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