進路ナビニュース

「前夜」 筆者・橋本光央

学生時代、英単語を覚えるのには
苦労しました。
何度も書いて覚えたり、
暗記用マーカーで塗りつぶした単語を赤いシートで隠してみたり、
いろんなことをして覚えました。
一番ポピュラーだったのは、今も昔も単語カードではないでしょうか。
表に英語、裏に訳を書いたカードの束をポケットに入れておき、
時間があるときに見て覚えるカードです。

ところが、あるとき事件が起きました。
期末試験開始直前まで単語カードで勉強していた生徒が、
問題が配られたとき、無意識のうちに机の端に置いて、
そのまま試験を始めてしまったのです。
そして試験中、机の上のカードに気づいた生徒が
机の中に隠そうとして手を伸ばしたとき、
その不自然な動きを試験監督が見つけたのです。
当然、カンニング行為として処罰を受けることになりました。

ところが、これで話は終わりません。
お父さんの登場です。
平日にもかかわらず、翌朝一番に
「うちの子は、いつも単語カードを使って勉強しているんだ。
カンニングはしていない」
と言いに来られたのです。
でも、試験の実施要項にあるとおり、
監督は開始前に、
「教科書等は鞄の中に入れ、机の上、中は空っぽにすること」
と伝えています。
だから、その行為は
「カンニングと勘違いされる行為」ではなく、
「カンニングそのもの」で、
実際に単語カードを見たかどうかは関係ないのです。

それでも「うちの子は、カンニングなんてしていない」
と言い続けるお父さん。
「せっかく、この高校を信用して大切な子供を預けたのに、
子供の将来を踏みにじるのか」
と詰め寄ります。
お父さんが我が子を信じたい気持ちは分かるのですが、
世の中では通じません。
しかし、目先の厄事から我が子を守ろうとしてしまう……。
そのことがその子をだめにしてしまうのに、
それさえも気づかずに……。
でも、いまの日本は、
そんな人が多くなったのではないでしょうか。

これが昭和の時代なら、
子供が家に帰って「先生に叱られた」と言うと、
「お前が悪い」としてそれ以上に怒られたものです。
ところが、今は親が乗り込んでくるのです。
昭和から平成、令和と時代を重ねた結果、
もしかすると、
日本人の何かが変わってしまったのかもしれません。
でも、今ならまだ間に合うかも……。
いまが、まさにその「前夜」だと思うのです。

【プロフィール】
1989年より大阪北予備校に勤務、
2007年より大阪国際学園に勤務。
橋本喬木・天野大空のペンネームにてショートショートを執筆、
光文社文庫『ショートショートの宝箱』シリーズ等に作品掲載あり。
web光文社文庫https://yomeba-web.jp/archive/archive-works/
にて作品を無料公開中。

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