起業家の「種」まくスウェーデン 高校生が1年間ビジネス経験 更新日: 2020年10月24日
高校生のための進路ナビニュース
高校生が自分たちのアイデアをもとに起業し、ビジネスを経験する――。北欧のスウェーデンでそんな試みが広がっている。人口約1千万人の国にとって、経済成長には産業の新陳代謝が欠かせない。起業家として羽ばたく若い才能を、地域、そして国ぐるみで育もうとしている。(カルマル=和気真也)
■投資家が資金、町ぐるみで応援
スウェーデン南部、人口約7万人の町カルマル。地元のカルマーレ国際高校3年のイーサク・メルベックさん(18)とアルビド・イーデンさん(18)は最近、こんな会話を交わした。
「自動車の中古販売をやってみたい」「SNSと組み合わせた販売サイトができればおもしろいかも」
2人は高校発でビジネスに取り組む相棒だ。すでに実績があり、昨秋にはセクシュアルハラスメントについて学校などで出張講義する事業で、会社をつくった。服のリサイクル販売なども考えたが、「競合が多いし、もっと社会課題に貢献したかった」。
そんな時、目にとまったのが性的虐待を報じた新聞記事だった。身の回りでもセクハラの悩みはよく見聞きするが、学校で理解を深める機会は少ない。外部講師を招いて講義を受けるのは費用が高かった。「安価に提供できたらニーズがあるのでは」
専門家の助けを得て猛勉強し、シナリオを用意して学校で生徒らに考えさせながら対処法を学ぶ、という講義を作り込んだ。裸の写真を恋人に送る行為は、どこがどうして問題なのか。学校の廊下でセクハラを目撃したらどう対応するか――といった具合だ。同年代の目線でともに考える講義は評判を呼び、地元メディアにも取り上げられた。
起業は、実は授業の一環だった。スウェーデンでは学校で起業について学ぶ試みが広まっており、特に高校生は「若者の起業家精神」という非営利団体(NPO)によるプログラムに参加して、実際にビジネスに取り組める。
原則1年間、ベンチャー投資家から資金を得て会社を立ち上げ、ビジネスモデルづくり、営業、製造、販売、決算などを経験する。もうけが出れば投資家と分け合い、事業計画の予算以上の出費はできない仕組みだ。赤字になっても損失は投資家が負う。
今年2月、記者が高校を訪ねると、2人は指導役のパトリック・ゴーム教諭とビジネスコンテストに向けたプレゼンの仕方などを熱心に議論していた。
元コンピュータープログラマーでIT企業を経営したこともあるゴーム教諭は「実社会でビジネスの難しさを知る経験を若いうちに積むことは、いずれ大きな経営に挑戦するために大事だ」と話す。「カルマルには若者の起業を町ぐるみで応援する雰囲気もある」。看護師などの専門家や会社員らがボランティアで生徒の相談にのる。
新型コロナウイルスの感染拡大が欧州で本格化した3月、学校はオンライン授業となり、ビジネスはいったん行き詰まった。「自由に意見を言い合える教室の環境が僕らの講義には大事だった」とイーサクさん。ただ、起業意欲は衰えていない。夏休み明けに通学を再開して早速、次のビジネスプランを練り始めた。
アルビドさんは卒業後も見据える。「大学はその投資に見合う将来が描ければ行くが、起業も選択肢になっている。いま、ここで起業の仕方を学べるのは大きなアドバンテージだ」
■年間3.3万人参加、10年で1.7倍に
NPO「若者の起業家精神」によると、スウェーデンで起業プログラムに参加する生徒の数は年々、増えている。2019年度は3万3706人。この10年で1・7倍になった。
未来の起業家を育てようとする土壌は、スウェーデンという国の魅力を高めてもいる。欧州連合(EU)が6月に発表した「欧州イノベーション・スコアボード」で、スウェーデンは10年連続で加盟国トップ。イノベーション(革新)を生みやすい環境や人的資源など10の指標から算出した指数は153。欧州平均の103を上回る。
起業家が盛んに生まれる地域といえば、米国の「シリコンバレー」が代表的だが、では欧州版の「シリコンバレー」はどこか。スウェーデンのストックホルムはベルリンやロンドンと並んで候補に挙がる。ただ、米グーグルやアップルのような企業はなかなか生まれていない。欧州全体の悩みの種でもある。
そんな中で、9月下旬に欧州の起業をテーマに開かれたオンラインイベント。「夢を大きく持ち、長期的な視野でやり遂げることが大事だ」。そう語って後輩たちを鼓舞したのは、スウェーデン発の音楽配信サービス「スポティファイ」創業者、ダニエル・エク氏だった。エク氏は、欧州には米国に負けない教育や人材があり、潜在力は十分だとして、欧州の起業家向けに10億ユーロ(約1200億円)の資金を個人で用意すると表明。参加者を驚かせた。
朝日新聞:2020.10.23