勤務先の大学で自校教育の科目を担当している。
オムニバス形式で開講しているので、実際に自分が学生の前で授業をするのは、
春学期のなかで2回だけである。ただ、授業運営委員会のメンバーでもあるので、
日ごろから、この科目の運営や改善に向けた議論に駆り出されてもいる。
勤務先は、1880年創立の旧制専門学校を前身とする大学なので、それなりの歴史がある。
この授業では、創設の経緯、その後の発展、大学への昇格、学徒出陣と戦時下、
戦後の再出発、学部の新設や総合大学への発展といった歴史に触れないわけにはいかない。
しかし、こうした歴史ばかりを聞かされると、受講している学生は飽きてしまう。
そこで、戦前の学生生活の実情を紹介したり、
学生がリードして実現した校歌制定の経緯に触れたり、
大学スポーツの発展についても扱う。さらに、もっと現在に近づけて、
著名になったOB・OGを呼んできて話を聞く回を設けたり、
最後は、大学の「将来像」についての提言をまとめるグループワークを実施し、
その発表について総長からコメントをもらう授業回も準備している。
教員の側から見ても、かなり豪華で、贅沢な授業転回である。
なぜ、そこまでするのかと言えば、担当教員の思いも、
自校教育の科目を設置することにした大学の側のねらいも、基本的には一致している。
この大学に入学した学生たちには、歴史と伝統を含めて、
自校についての理解を深め、誇りを持ってほしい。
そして、在校生や教職員だけではなく、保護者や卒業生を含めた
大学コミュニティの一員としてのアイデンティティを獲得してほしいという願いである。
こうした自校教育の科目は、他大学でも開講されており、
その目的は、まさに今述べた点にこそあるだろうと、これまで疑ったことはなかった。
ところが、先日、社会人大学院で講義をしている時に、
面白いというか、ある意味で「衝撃的」な話を聞いた。
発言した院生は、大学からキャリア教育科目の実施運営を受託して、
講師派遣をしている企業で働いている。そして、彼女が言うには、
最近では、キャリア教育科目に自校教育の要素を取り入れてほしい
という注文が続いているというのである。
衝撃を受けた理由は、はっきりしている。
「おいおい、そんな大事な部分を外注してしまうのか」と。
ただ、そういう要望を出す大学の側の事情は察することもできる。
今どきの学生は、就活に結びつくようなノウハウや、
キャリアについての一般的・原理的な話だけをしていても、それを自分ごとには捉えない。
だから、学生の動機付けを高めるような内容や工夫が欲しいのだ、と。
そういう点では、自校教育の価値が認められているとも言える。
ただ、筆者を含めて、汗水垂らしてでも、自前でそれを創ろうとしている者にとっては、
何とも複雑な思いが残るのはまちがいない。
【プロフィール】
教育学研究者。
1996年から法政大学に勤務。
2007年キャリアデザイン学部教授(現職)。
日本キャリアデザイン学会理事。
著書に、『高校教育の新しいかたち』(泉文堂)、
『キャリア教育のウソ』(ちくまプリマー新書)、
『夢があふれる社会に希望はあるか』(ベスト新書)等がある。
