前回まで“心の栄養”といわれる「ストローク」について考えてきました。
今回は「ディスカウント」について取り上げます。
「ディスカウント」と聞くと、スーパーの値引きを思い浮かべるかもしれませんが、
カウンセリング理論の「交流分析」では、
「自分自身や他者、あるいは状況の価値を軽視すること」を意味します。
すなわち、ストロークの反対の意味をもち、
人間関係を悪化させる要因の一つとなる考え方や行動です。
ディスカウントが起こると、本来解決すべき問題を見過ごしたり、
事態を悪化させたりすることがあります。
なぜなら、自分自身や他者、状況の価値を軽視することは、
それらの現実をゆがめて受け取ることであり、
現実を直視しないために問題解決から遠ざかってしまうからです。
ここでは、私たち教師が現場で無意識にやってしまいがちな
ディスカウントの例を3つの領域に分けて見てみましょう。
(1)自分自身をディスカウントする
問題に直面したとき、「私には無理だ」「どうせできっこない」と口にしてしまう。
これは、自分の力を不当に低く評価する行為です。
(2)他者(生徒)をディスカウントする
生徒が職員室に相談に来たとき、パソコン作業をしながら「ながら対応」をしたり、
話を最後まで聞かずに遮ったりする。
これは、生徒の存在そのものや、彼らが抱える悩みの価値を軽視する行為です。
(3)状況をディスカウントする
期末試験の監督をしながら、脇で採点業務を行う。
これは、「不正行為は起きないだろう」と状況の重大さを軽んじ、
リスクを過小評価する行為です。
このように、(1)自分、(2)他者の能力や尊厳、(3)状況の価値
という3つの領域でディスカウントは起こります。
ディスカウントは、多くの場合、無意識のうちに自動的に起こります。
そして、それが繰り返されることで習慣化し、厄介な「癖」となってしまうのです。
ディスカウントの傾向が強い人は、自分にも他者にも否定的になりがちで、
「自分も他人もNG」という絶望的な人生態度に陥りやすくなります。
他者との関わりを避け、孤立を深めてしまうことも少なくありません。
さらに、直面している問題や重要な情報から意図的に目をそらし、
「大したことはない」と過小評価することで、適切な対処を先送りにしてしまいます。
その結果、生徒や同僚との信頼関係を損ない、自らの成長の機会さえも失ってしまうのです。
前回述べたように、良い人間関係を築くには「自分も他人もOK」という姿勢で、
日々の小さな肯定的ストロークを重ねることが大切です。それと同時に、
今回取り上げたディスカウントを意識的に減らしていく努力も、同じくらい重要です。
最後に、私が日頃心がけていることを一つ紹介します。
私は学生部長を務めており、さまざまな係の先生方が説明や決裁のために来室します。
その際は、仕事に熱心に取り組む相手に敬意を示すため、
椅子から立ち、同じ目線で話を聞いたり、
会議用のデスクで向かい合って座った状態で話を聞いたりするようにしています。
ドラマで見るような、椅子にふんぞり返って報告を聞くような態度は決してとらない、
と意識しているのです。
感覚を研ぎ澄ませながら、「自分は今、ディスカウントをしていないか?」
と自問しつつ、日々の生徒との関わりや仕事を進めていきたいものですね。
引用文献
イアン・スチュアート, ヴァン・ジョインズ(2022).
TA TODAY:最新・交流分析入門 第2版 実務教育出版
【プロフィール】
会津大学文化研究センター 教授 兼 学生部長
2015年から現職。専門領域は「教育学」「教育カウンセリング心理学」
研究テーマは教育困難校での支援
