昔々あるところに、目の見えない人が大勢集まっておりました。
そんな彼らが、初めて象という生き物に触れたときのお話です。
耳をさわった人は「象というのは、大きな団扇に似ている」と言いました。
鼻をなでた人は「象は、大蛇のようなものやで」と言いました。
お腹に触れた人は「いやいや太鼓に似ているぞう」と言いました。
足をさすった人は「違うがな。木の切り株みたいなもんやがな」と言いました。
こんな「目の不自由な人達が、
自分の触れた部分の印象だけで象全体について意見を述べる様子」から、
「凡人は物事の一部分しか理解できず、全体像を把握できない」
ということの譬えとして『群盲、象を評す』という諺が生まれました。
さて、あなたはSNSなどのネット情報から垂れ流されている情報に
踊らされていませんか。インターネットメディアが蔓延している現代において、
自分に必要な情報・正しい情報を集めるためにはどうすればいいのでしょう。
そのために大切なのは、教養をつけることです。
自分なりの判断基準=教養をもっていない人や言われるままに行動してしまうような人は、
知らず知らずのうちにフェイクニュースや世論誘導に引き込まれてしまいますから。
ところで、こんな小噺はご存知ですか。
「象を冷蔵庫に入れるにはどうすれば良い?」
「ドアを開け、象を入れ、ドアを閉めればいい」
「では、キリンを冷蔵庫に入れるには?」
「ドアを開け、象を出し、キリンを入れて、ドアを閉めればいい」
「それなら、アフリカでライオンが会議を召集したときに、欠席したのは?」
「それはキリン。だってあなたが冷蔵庫に入れっぱなしにしたんだもの」
これは80年代にアメリカで流行した「エレファントジョーク」と呼ばれるもので、
クイズ形式の質問に対して不条理な答を返すところが笑いのポイントとなっています。
でも、これは「象やキリンというモノについて正確な知識」を持っているからこそ、
その不条理感を笑うことができるのであって、
象やキリンを知らない人はこのジョークを笑うことができません。
では、どうすれば正確な判断ができる人になることができるか?
それは、エコーチェンバー(自分と似た意見や思想を持った人々の集まる空間)
に陥ることなく、さまざまな情報を集めることです。
もし、先の目の見えない人達が象をさわった結果を話し合って、
「耳」と「鼻」と「お腹」と「足」の情報を合わせて考えていたら、
どうなっていたでしょう。それは、かなり正確な情報になったのではないでしょうか。
このような、みんなで「良い社会を築き上げよう!」と協力しあう心です。
私は、その感覚が今の日本に必要なモノであり、そんな教育が大切なのだと考えます。
耳・鼻・腹・足・それから……。
これからの日本社会を良い方向に築いていくための最後の礎、尻尾をつかんでいるのは、
その事に気づいた‘あなた’です。
【プロフィール】
1989年より大阪北予備校に勤務、
2007年より大阪国際学園に勤務。
橋本喬木・天野大空のペンネームにてショートショートを執筆。
光文社文庫『ショートショートの宝箱』シリーズ等に作品を提供。
https://yomeba-web.jp/special/ss-cam5/
「群盲、象を評す」筆者・大阪国際中学校高等学校 橋本光央
![]()
