「推理小説は二度面白い」筆者・大阪国際中学校高等学校 橋本光央

私は推理小説が好きで、学生の頃から多くの作品を読んできました。
『斜め屋敷の犯罪』『十角館の殺人』『長い家の殺人』
『ネヌウェンラーの密室』など、面白かったなあ。
ただ、当時の私は推理小説を小説として楽しんでいたのではなく、
トリックを楽しんでいただけでした。
だからストーリー自体は斜め読みをしていました。
そんなことから、「トリックを抜粋して、まとめた本があればいいのに」
なんて思ったものです。
逆に、『黒い白鳥』など地道な捜査でアリバイを崩していく話は、
いまいち面白く思えませんでした。
本格推理の巨匠・鮎川哲也の名作であるにもかかわらず、です。

ところが、最近、改めて鮎川作品を読み直しているのですが……、面白いですね。
正直、どの作品にも派手なトリックは使われていないのに、
物語の展開、人間の行動の様子が実に面白いのです。
思えば、新本格推理の作品を面白がっていたころ、
私の興味はトリックにしかありませんでした。でも、今は違っています。
歳とともに、楽しみ方も変わったようです。
どうやら、本当のところで小説を楽しむためには、
そんな読み方のほうが大切なのではないでしょうか。

最近、若者を中心に
「タイパ(タイムパフォーマンス)」が重要視されるようになりました。
ネタバレ消費や、早送りで動画を見るなど「時間の有効利用」ができることから、
若い世代に広がっているようです。でも、これは今に始まったことではありません。
若い頃の私も同じで、推理小説を読むときにもストーリーは二の次で、
トリックを知ることだけが「効率の良い読み方」だと思っていましたから。
ただ、そんなふうにタイパを重視することは、
「経過を軽視する」というデメリットにつながってしまいます。
無駄を省いて短時間で最大の成果を出すことを求めるあまり、
結果が出るまでの過程を無駄だと思ってしまうからです。
分かりやすい例は、受験勉強です。
最小限の努力で最大限の成果を追求するあまり、
問題を解く手順や考え方を理解しようとしないままに、
解答テクニックだけを身に付けようとする生徒の、なんと多いことか。
確かに、それで大学には合格するかもしれません。
でも、そんな勉強では「物事を深く考えること」や、
過程を含めた「問題を全体として捉えること」「プロセスから得られる学びや気付き」を
捨ててしまうことになってしまいます。そんな勉強を続けたところで、
社会に出たときに役立つ思考力は身に付かないでしょう。

そして結論です。
推理小説は二度楽しめるのと同じように、学びにおいても「知識を身に付けること」と、
身に付けた知識をもって「物事を深く考えること」が、
車の両輪のように大切なことだということです。
そして、その両輪を身に付けさせるのが学校教育の使命なのです。
なぜなら、子供たちが社会に出たときに「頭でっかちの知識」だけでは、
まるで役に立たないのですから。

【プロフィール】
1989年より大阪北予備校に勤務、
2007年より大阪国際学園に勤務。
橋本喬木・天野大空のペンネームにてショートショートを執筆。
光文社文庫『ショートショートの宝箱』シリーズ等に作品を提供。
https://yomeba-web.jp/special/ss-cam5/