「探究からキャリアへ?」筆者・法政大学キャリアデザイン学部 教授 児美川孝一郎

周知のことだと思うが、現在の高校の教育課程には明らかな「探究」シフトが起きている。
現行学習指導要領において、「総合的な学習の時間」は、小・中学校は従来のままであるが、
高校のみ「総合的な探究の時間」に変更された。また、高校の各教科においては、
「古典探究」「地理探究」「世界史探究」「日本史探究」といった、
科目名称に「探究」を入れた新科目がいくつも設置された。
もちろん、科目名称に「探究」が入っていなくても、
それぞれの教科・科目において、探究的な学習が展開されることが期待されている。

こうした「探究」シフトは、現行の学習指導要領が、
育てたい「資質・能力の三つの柱」として、「知識・技能」だけではなく、
それらを活用するための「思考力・判断力・表現力等」、
さらには、知識の獲得やその活用を、何のために、どのように行うのかという
「学びに向かう力、人間性等」を掲げたことに由来する。
そうした資質・能力の育成のためには、各教科・科目では、
生徒が主体的・能動的に学ぶ(アクティブラーニング)だけでなく、
自らが学んだことと自己の将来とのつながりを見通せるようになることが求められるのである。
その意味では、学校における学びは、すべて「広義のキャリア教育」
(キャリア教育を直接的な目的とする学習ではないが、
結果としてはキャリア教育としての効果も発揮する)として位置づく。
そして、だからこそ、探究的な学びの中核となる「総合的な探究の時間」では、
生徒が「自己の在り方生き方と一体的で不可分な課題を発見し、解決していく」
(文部科学省による学習指導要領解説「総合的な探究の時間編」2018年)
ことが求められるのである。

ところで、見てきたような「探究」シフトの教育課程への高校教育の移行は、
2022年度から学年進行で実施された。ということは、今年度、
現役で大学に入学してきた1年生が、新教育課程の1期生ということになる。
それでは、充実した探究学習の機会に恵まれてきた(はずの)今年の1年生は、
これまでの学生以上に主体的な学びへの姿勢ができていたり、
自己の将来のキャリアへの見通しをしっかりと持っているのだろうか。
そう願いたいところであるが、実際に学生と接している側の感触からすると、少々あやしい。
確かに、まだ始まったばかりであり、性急な判断は慎むべきだろう。ただ、とはいえ、
探究にしても将来展望にしても、どうも「かたち」だけ合わせる経験をしてきたな、
と感じてしまうことが少なくないのである。
おそらく、カリキュラムオーバーロード(詰め込みすぎ)が
指摘される現行の教育課程のなかで、
「探究」シフトをしたことのマイナス面が出てしまっているのではないか。
理念は良くとも、その実現のための条件が整っていないので、
予期せざる結果を生んでしまっているということである。
もちろん、憶測は禁物である。しばらくは様子を見ていきたい。

【プロフィール】
教育学研究者。
1996年から法政大学に勤務。
2007年キャリアデザイン学部教授(現職)。
日本キャリアデザイン学会理事。
著書に、『高校教育の新しいかたち』(泉文堂)、
『キャリア教育のウソ』(ちくまプリマー新書)、
『夢があふれる社会に希望はあるか』(ベスト新書)等がある。