前回(2026年1月16日掲載)は、
「我が国の出生率の下降に対して、少子化対策はどう講じられるべきか、
『適正人口』をどう考え、どのような方策でその達成に向かうべきなのか」
という問いを掲げ、稿を閉じた。
今回は、この問いかけから出発するが、「適正人口」について
日本社会に一致した見解があるというわけではない。
しかし、縮小社会の未来を想定するのであれば、
その縮小の規模が予見できることに越したことはない。
たとえば、小中高大学の配置を考えるうえで、
どの程度の規模の学校をどの程度用意すればよいかについて想定できるからである。
建築学には学校配置計画論が組み込まれる。
では、「適正人口」について研究者の世界ではどのように議論が交わされているか。
前回、京都大学関係者を中心に立ち上げられた縮小社会研究会の趣意書を紹介したが、
話し合いに参加すると、次のような意見が次々と披瀝される。
「我が国人口はもっと少なくてよい」、「右肩上がりの開発と成長路線は限界だ」、
「社会の諸課題は科学技術によって解決可能、というのは幻想にすぎない。
たとえば、食糧事情の逼迫や地球温暖化、水の枯渇などの解決には
社会の縮小しか手立てはない」。
次いで各自が描く社会像を語る段になると、
「私は江戸時代の生活がゆったりしていて、結構よかったのではないかと思う」、
「戦乱に明け暮れた第二次世界大戦前の社会は願い下げであるが、
人口規模としては当時のほうが良かったように感ずる」等々自由な思いが一斉に噴き出す。
なお、これまでの我が国の人口推移については、
日本自然科学研究所は次のように端的に説明している。
「明治時代の人口推計によると、
1872(明治5)年の日本の総人口は、3,480万人であった。
現在から100年前の1904(明治37)年には、4,613万人となった。
1912(明治45)年に、5,000万人を超え、
1936(昭和11)年には、明治初期の人口の倍となる6,925万人となった。
人口増加率は、毎年平均して1%を超えていた。
こうした人口増加の背景には、明治以降の農業生産力の増大、
工業化による経済発展に伴う国民の所得水準の向上と生活の安定、
保健・医療等の公衆衛生水準の向上、
内乱がない社会の安定等、様々な要因があげられよう。」
世間の強い関心を呼んだ斎藤幸平氏(東大准教授)の
「人新世の『資本論』」(2020年、集英社新書)も、
一時期縮小社会研究会でも好感をもって取り上げられた。
「成長の限界」を唱えるローマ・クラブの論調に類似し、
縮小社会論と軌を一とするためである。筆者も早速入手し、読み進めてきた。
現在の我が国の政局は、「少子化、人口減少」をどう克服するかを
基軸に動いているように見える。しかし、それは実現可能なのか。
代替案は、人口の定常状態を生み出すことにあるのか、
あるいは、人口減を必然とした縮小社会の描き方にあるのか。
では、いずれかを選んだ場合、学校システムはどう築かれることになるか。
次回は、学校システムの地域的単位となる「教育圏域」を取り上げ、
人口減に対応した学校配置について考えてみたい。
【プロフィール】
教育政策論、教育社会学専攻。東京教育大・筑波大で勤務を始めて以降、
東京学芸大、国立教育政策研究所等を経由し、
現在は東京学芸大名誉教授、 国立教育政策研究所名誉所員。
この間、各地の教育委員会の学校づくり等に携わるほか、
教職員対象の各種研修会講師も務める。
