東日本大震災発生からはや15年になる。
この間日本列島はいくつもの震災に襲われてきた。
能登半島の震災は2024年1月に発生したが
(さらに同年8月には集中豪雨に襲われた)、
その直前数年間はコロナ禍が世界を駆け巡った。
日本も例外ではなく、2020年2月安倍首相による一斉休校のすすめが発出され、
一斉休校は日本各地に広がった。
歴史を辿れば、
我が国でも国民に大きな犠牲を強いる数々の災害(注1)に襲われてきた。
地震や津波、ウイルス禍は周期的に発生し、
また、明治期以降に限定しても、幾度かの戦乱に巻き込まれてきた。
高度経済成長期になると、各地に工場が林立し、
生産過程で産出される廃棄物による、周辺住民に対する深刻な被害も発生した。
水俣病はよく知られた災害の一つである。
地球温暖化による海面の上昇や居住地の水没、あるいは自然分解されにくく、
微細な粒子(マイクロ・プラスチック)として環境に残り続けるプラスチックごみ問題など、
地球環境の保全、地球の持続の危機が高まっている。
こう振り返ってみると、現代は、「災害」概念を包括的にとらえ、
自然災害にとどまらない人文社会的災害も含みこんだ概念として検討を加えるべき、
新たな時代に到達していると言ってもよい。
標題に掲げているパットナムの『われらの子ども』という書物は、
副題を「米国における機会格差の拡大」とし、
米国における社会的文化的構造の変化の描出に主眼を置いている。
近代社会における社会変動の過程で、
「わたしの子ども」という思惟が瀰漫する(教育の私事化)ことで、
「われらの子ども」という思惟が失われてしまった(教育の公共性の衰退)ことを
告発している書である。米国社会のマクロ災害論とも言うべき著作と言ってよい。
なお、パットナムは、ハーバード大学の政治学の教授で、
イタリア研究を基礎に「社会関係資本論」(ソーシャルキャピタル論)を
打ち出したことで世界的に知られる(注2)。
日本社会は、第二次大戦後戦乱に巻き込まれずに約80年を過ごしてきたが、
22世紀を迎えるまでの今後約80年間はどのような社会状況で迎えることになるか。
それは、ひとえに我々がいかなる社会像に立脚し、
どのような思惟を生き方の根底に忍ばせるかにかかっていると言ってよい。
子どもや青少年を相手に意図的計画的に教育を進める教育界の課題は重い。
以上の視点に立ちながら、次はパットナムの問題提起を手がかりに、
「災害と教育」をテーマにした考察に取り組むことにしよう。
注1:「災害」の概念や行動学的・社会科学的な災害研究の発生や展開については、
次の論文参照。
海上智昭・田辺修一他:行動科学・社会科学的な災害の概念定義の整理
―1920年以来の軌跡と現在の課題―(『日本リスク研究学会誌』22(4)、2012年)
注2:邦訳は何冊か出版され、
我が国におけるソーシャルキャピタル研究の広がりに大きな影響を及ぼした。
政府にも関心が広がったのは、信頼・ネットワーク・規範という対人関係が
ソーシャルキャピタル概念の中核をなしており、
財政出動なしに社会の富をたかめることができる、
という期待が生まれたことにも背景がある。
【プロフィール】
教育政策論、教育社会学専攻。大学教員として46年間過ごし、
現在は東京学芸大名誉教授、 国立教育政策研究所名誉所員。
千葉教育創造研究会(隔月1回会合)に40年以上参加し、
さまざまな世代の教職員と「教育のこれから」をテーマに探究を進めてきた。
また、「災害文化研究会」(岩手大学工学部が組織化)や
「縮小社会研究会」(京大工学部等が組織化)に所属し、
縮小社会や大震災のもとでの教育について研究を進めている。
<これまでの経歴や著書、論文等>
https://bunkyo.repo.nii.ac.jp/records/7687