コンパクト・シティの我が国における成功事例としては、
富山県富山市、福岡県福岡市、愛媛県松山市、埼玉県蕨市などがあげられるが、
コンパクト・シティでの子育て・教育分野の位置づけは、必ずしも明瞭ではない。
それを知るもっとも手っ取り早い方法は、コンパクト・シティに取り組む自治体の
公共施設管理計画を見ることであるが、筆者が参画した自治体を振り返ると、
子育て・教育の特性を踏まえての対応策は模索状態にあると言ってよいようだ。
では、そもそも「コンパクト・シティ」を提起した
ダンツィク,G.B.&サアティ,T.L.は、その概念をどう描いているのだろうか。
『コンパクト・シティ』(ダンツィク他著、森口繁一監訳、1974年、日科技連出版社)
の「なぜコンパクト・シティが必要か」と題する第1章冒頭には次のように記述される。
「概して、都市内の住居、店、就業施設、そして学校内部は、
少なくともよりここちよい場所となってきている。しかし、都市生活のある面は危険になり、
時間がかかるようになり、不便になり、そして費用のかかる不快なものとなった。
だれもが、直接感じられる都市の公害──スモッグ、煙、汚れ、ゴミ、悪臭、
都市の暑さ、騒音、水不足、それにスラムの状況などから逃れたいと思っている。」
そこで打ち出されるのがコンパクト・シティの構想であるが、
特に都市の成長の過程で出現する「都市スプロール」の克服に焦点が当てられている。
ダンツィクらは、「スプロールがふくれあがればあがるほど、
そして住居、商業、レクリエーション、ショッピングの各地域が
互いに遠く離れた地域になればなるほど、人々や資材の地域間の往来に費やすエネルギーは
ますますふくれあがり、大気汚染への貢献がますますおおきくなってゆく」
と指摘したうえで、新しい都市像の要件を次のように列挙している。
・よい生活(ただし未来の世代を犠牲にしてはならない)
・産業、文化、スポーツ、そして政府の、発展成長可能なセンター
・障がい者にとっての新しいスタート
・ゆとりのある家 ・私用の庭(欲する人には)
・家から徒歩で行ける距離で仕事と買い物ができること
・きれいな空気、水、そして公害のない環境
・自然の中のレクリエーション地域、高い水準の文化センター及び
買い物センターに近づきやすいこと
・主要な活動中心が互いに接近していること
・いらいらする遅滞がないこと ・子どもに安全な環境
・低密度 ・柔軟性(再建の)
ダンツィクらの『コンパクト・シティ』には幾人かの建築家の設計が紹介されるが、
J.W.Rouseはメアリーランド州コロンビアのケースを取り上げ、次のように述べる。
「可能なように、都市をほどよい大きさの近隣地区に分解すること。
住居、学校、教会、商店、医療施設、レクリエーション施設をうまく配置して、
近隣のつきあいとして人々がお互いに知り合い、
教師、牧師、商人、医者、役人などともたやすく、自然に知り合うような関係に置き、
喜び、悲しみ、そして共通の問題を分かち合い、適切に働かない組織や機構は再編成し、
自分たちの必要や熱望に答えてくれる新組織や新機構を設立し、
また自らの運命に影響を及ぼす機会を持っていると自覚するようにすること。」
このくだりを読むとペリーの『近隣住区論』
(クラレンス・A・ペリー著、倉田和四生訳、鹿島出版会 1975年)を思い起こす。
では、富山市のコンパクト・シティ構想では学校再編計画はどう描かれるか。
次回はこの点を焦点に論ずることにしよう。
【プロフィール】
教育政策論、教育社会学専攻。
東京学芸大、国立教育政策研究所、文教大学等を経由し、
現在は東京学芸大名誉教授、 国立教育政策研究所名誉所員。
この間、各地の教育委員会の学校づくり等に携わるほか、
教職員対象の各種研修会講師も務める。
