「アメリカの大学と政府(9)」筆者・桜美林大学総合研究機構 教授 小林雅之

これまでアメリカ連邦政府の公民権法による
給付型奨学金の創設と発展の背景を説明してきた。
その一つとして、今回は強制バス通学(bussing)の問題を取り上げる。

アメリカでは居住地域によって、住民の所得や社会階層に極端な差がある。
特に1970年代当時は、裕福な白人が郊外へと移住し
(white flightあるいはwhite exodusと呼ばれた)、
都心には低所得層が多く住んでいた。
郊外の恵まれた教育環境と都心の劣悪な教育環境という分断が明白にあったのである。

1964年の公民権法は、差別を是正するための政府の積極的な行動を求めていた。
単に差別を禁止するだけでは差別は解消しない。とりわけ、前回説明したような
不可視の構造においては、合理的であるだけに差別の是正は容易ではない。
このため、積極的に差別是正のさまざまな施策(ヘッドスタート)が取られた。
それだけではなく、その施策の効果や不平等の現状を客観的に調査し、
解明することが規定されたのである。

このためにシカゴ大学の社会学教授のJ.S.コールマンが大規模調査を実施した。
その調査結果(EEO)の一つは、学校の環境は生徒の学力に
あまり大きな影響を持たないという衝撃的なものだった。
教育環境の差が学力差を生んでいるという常識が覆された。
むしろ、調査結果が明らかにしたのは、学力の差は、
ピア・グループすなわち生徒の集団の構成によるものであるということだった。
優秀な生徒の多い集団の学力は高く、個々の生徒もその影響を受ける。
逆に低学力の生徒の集団は、ますます学力を低下させていく。

その是正のために、取られた措置が強制バス通学だった。
この政策はさまざまな反響を呼んだ。
反対者も多く、ボストンなどでは、反対運動で流血の騒動も起きた。
ニクソン大統領の給付型奨学金の拡充は、
この強制バス通学を廃止することと引き換えに提案されたものであったのである。
ただし、強制バス通学自体は2007年の最高裁判決まで継続した。

【プロフィール】
東京大学名誉教授、現・桜美林大学教授。
主な研究テーマは「高等教育論」「教育費負担」「学生支援」「学費」。
奨学金問題の第一人者として知られ、
『大学進学の機会』(東京大学出版会)、
『進学格差』(筑摩書房)など著書多数。