「アメリカの大学と政府(8)」筆者・桜美林大学総合研究機構 教授 小林雅之

1965年の高等教育法(Higher Education Act of 1965)により、
連邦政府の学生への経済的支援が本格的に始まった。
それ以前には、1944年の復員兵援護法(Servicemen’s Readjustment Act of 1944)
いわゆるGlビルが連邦政府の数少ない大学や職業学校に対する給付型奨学金であった。
しかし、対象は復員軍人に限定されていた。

これに対して、高等教育法により低所得層対象の
教育機会給付型奨学金(Educational Opportunity Grant、EOG)が創設された。
このEOG奨学金は、ニクソン政権によって、1972年に
基礎的教育機会奨学金(Basic Educational Opportunity Grant、 BEOG)
として大幅に拡張され、これが今日まで続く連邦政府最大の
ペル給付型奨学金(Federal Pell Grant)である。
ペルは上院議員の名前(Claiborne Pell)で1980年に改称された。
元々の名称には教育機会(educational opportunity)を冠していたことに、
この問題に対する連邦政府の姿勢がよく現れている。しかし、このBEOG奨学金は、
2つの重要な教育の機会均等を目指す政策と引き換えに提唱されたものだった。
それは強制バス通学(bussing)の廃止と
入学者選抜における優先政策とりわけクォータ制である。

詳細は次回以降説明するが、このようにアメリカの給付型奨学金は、
さまざまの政治的な動き、とりわけ人種差別に対する公民権運動と
それに対する反動の中で誕生したものであることは見逃せない。
その設立の経緯が、
今日までアメリカ政府の給付型奨学金政策に重大な影響を与え続けるのである。

【プロフィール】
東京大学名誉教授、現・桜美林大学教授。
主な研究テーマは「高等教育論」「教育費負担」「学生支援」「学費」。
奨学金問題の第一人者として知られ、
『大学進学の機会』(東京大学出版会)、
『進学格差』(筑摩書房)など著書多数。