「ゆとり」って、何でしょう。確認のために調べてみたところ、
「余白や空間があることを指し、主に窮屈でないという状態を表します。
これは物理的、時間的、あるいは心理的な空間が十分にあり、
圧迫感や制約が感じられない状況を指します」
とありました。何となく分かりますね。
でも、私が考える‘ゆとり’は「無駄なことをすること」です。
「えっ」って思う方がいるかもしれません。
だって教育界において「ゆとり」と言えば、
1980年代から実施された「各教科の授業時間削減がなされた教育」、
必要最小限のことのみを教える「ゆとり教育」が思い浮かびます。
一般的には、無駄なことをしないのが「ゆとり」のイメージとなっていることでしょう。
しかし、私が考える「ゆとり」は、「しなくていいことをする時間を持てること」であり、
言い換えると「しなくてもいい無駄なことができること」です。
逆の言い方をすると、「しなければならないことだけをする」という状態は、
「物理的、時間的、あるいは心理的な空間に余裕がなく、
しなければならないことによる圧迫感や制約を感じる状況」に他ならず、
まさに「ゆとりがない状態」になってしまいます。
受験に向けて「効率の良い勉強」を求める生徒がいます。
でも、「これだけをやっておけばいい」という勉強からは、
それ以上のものは得られません。
そんな勉強には、それ以上のものを生み出す余力がないからです。
何かを生み出すためには、「どうなるか分からないさまざまなことに臨む」、
そんな無駄な努力が必要なのです。それが余裕であり、ゆとりではないでしょうか。
これは、仕事をする上においても同じです。
効率の良い仕事運び、必要最小限の労力で取り組む仕事からは、
それなりの成果しか得られません。
もっと大きな成果を得るためには、「無駄だ」と思われることの積み重ねが大切です。
実は、そこから「思いもよらない成果」が得られるのです。
最近、「勉強や仕事を効率化しよう」と言われることが多くなりました。
でも私は、逆に「もっと無駄なことをしたらいい」と思っています。
発明王トーマス・エジソンは、
「私は失敗したことはない。ただ、うまくいかない方法を1万通り見つけただけだ」
と言っています。そして、この言葉の意味することは、
まさに「人生に無駄なことはない」ということなのです。
【プロフィール】
1989年より大阪北予備校に勤務、
2007年より大阪国際学園に勤務。
橋本喬木・天野大空のペンネームにてショートショートを執筆。
光文社文庫『ショートショートの宝箱』シリーズ等に作品を提供。
https://yomeba-web.jp/special/ss-cam5/
「ゆとり、って何」筆者・大阪国際中学校高等学校 橋本光央


