「『隠れ進路変更』を阻止せよ」筆者・青木勝美

NHK朝ドラ再放送の一場面、
ときは昭和40年1月、北関東北部の農村、主人公は女子高校3年生。
卒業後は、村に残り家業である農業をすると決めていた。
しかし、東京で働いていた父親が突然消息を絶った(当時は“蒸発”と言っていた)。
父親を捜すため、家計を支えるために、上京して就職することを決意する。
しかし、「就職の季節は終わっている」と親友から聞き、
自身の浅はかさと焦りを感じながら、担任の先生に相談する。
「何でもする どんな仕事でもいい」と泣き付くのだが、「ふざけるな」と叱責される。
この後「大切な教え子に、何でもいい、どんな仕事でもいい、
そんな就職先を紹介するわけにはいかない」と諭すのである。
進路指導を担う者ならば既視感があると思う。
家庭の事情の激変により進路変更を余儀なくされる例は多々ある。
生徒本人が、在学中に事情を打ち明けてくれれば対処はできるのだが、
何も相談せず卒業してしまうと難しくなる。

こんなことがあった。
卒業式を終えて数日後、県教育員会に提出する進路統計資料を作っていると、
ある大学から入学手続きが済んでいない生徒がいるとの連絡があった。
手続き期間は2月末までで、家庭と連絡がとれず困っているとのことであった。
担任の先生を通じて連絡したところ、生徒本人は、アルバイトを探しているとのこと。
大学から連絡があったこと、大学進学を含めて今後どうするのか、
事情を聞きたいので学校に足を向けるよう促す。
それから1時間もしないうちに、担任の先生に伴われて進路室に本人が入ってきた。
本人曰く「大学の合格通知を受け取った時点で、親から入学資金は難しいと言われていた。
卒業前に相談しようと思ったが、もう就職先はないと勝手に思い込んでいた」
とのことであった。
将来何を目指して進学を希望したのかを聞き出し、
それに見合った職種・職場があれば就職を考えたいとの意向を確認した。
7月に求人票を受理した際に面談した企業を思い出し、
電話で採用担当の方に事情を説明したところ本人に会ってみたいとの返事をいただいた。
面接場所は東京、日時を確定し至急必要書類を揃え本人に持たせる。
面接の翌日、様子を聞くと、
話が弾み2時間ほど採用担当の方と1対1で楽しく会話ができたとのことであった。
まもなく、企業から採用したいとの連絡をいただいた。この事案は、どうにか手当てができた。
しかし、このような「隠れ進路変更」をしなければいけない生徒が
存在していたのではないかとの反省から、
内規(学校内の決まり)や、進路相談の方法・環境を見直す契機となった。

決定した進路先をむやみに変更させることは、混乱を招くことになる。
そこで、進路先決定の前に、学年毎の段階的な進路指導(ガイダンス、講話)や
さまざまな進路情報を提供し、自分自身に合う進路先を考える機会を増やした。
どれ程の効果があったか確認はできないが、生徒は進路に対して、
より前向きに考えるようになっていったように思えた。
この時期、すでに就職内定を受け取っている生徒も多いと思う。
内定を得られた企業が、「生徒諸君にとって最高の職場である」と私は思う。

【プロフィール】
元群馬県公立高校教員/
ライセンスアカデミー東日本教育事業部 顧問
1983年4月より群馬県公立高校教員として勤務
学科主任、学年主任、保健主事、進路指導主事等歴任
2019年、平成30年度 専門高校就職指導研究協議会全国発表
2022年3月、群馬県公立高校教員完全定年(再雇用含む)
2022年4月よりライセンスアカデミー東日本教育事業部顧問として、
おもに就職関係の進路講演、面接指導等を各学校で行う