「参長谷男、依観音助得富語」いきなり漢文である。
書き下し文は、「長谷に参る男、観音の助けにより富を得る話」。
これは、平安時代に編纂された「今昔物語集」の一話である。
また、鎌倉時代の「宇治拾遺物語」にも
「長谷寺参籠の男利生にあづかる事」という同様の話がある。
なお「長谷」または「長谷寺」は奈良県の長谷寺のことである。
この話の内容(詳細は省く)は、貧しき若侍が観音様のお告げにより、
最初に手にした藁を持って旅をすることから始まる。
その藁が三個のみかんと物々交換され、みかんが上等な布三反に交換され、
それが馬(かなり弱っていたのだが)となり、
最後に立派な屋敷と田畑を手に入れることができるという、
「日本昔ばなし」の「わらしべ長者」である。
何の価値もないと思われた一本の藁から、次から次に高価値なものに変わり、
最後に尊敬される富裕者となる。夢のようなサクセスストーリーである。
本来は霊験譚の性格が強いものであるが、この説話のそれぞれのエピソードにおいて
“予期せぬ偶然”という言葉が当てはまり、
キャリア教育の観点から参考になる部分が多々ある。
1999年、米国スタンフォード大学の心理学者ジョン・D・クランボルツ教授によって、
「個人のキャリアの8割は予期せぬ偶然で決まる」とし、
「計画的(された)偶発性理論」が提唱された。この理論の本質は、
「明確な目標を定めず、偶然の出来事への柔軟な対応が経験や人脈を増やし、
より良いキャリアにつながる」としており、
「あらかじめ明確な目標を設定し、経験を積み重ねて実現する」
という従来のキャリア理論と対比されている。
まさに、前者に当てはまるのが「わらしべ長者」なのである。
私は、各学校で進路講演をさせていただく際のまとめとして、
「わらしべ長者」から「計画的偶発性理論」に話題を進める。
ただし、「明確な目標を定める必要がない」あるいは、「偶然を待て」とは言わない。
よりよき偶然に出合うために、次の5つの行動要素を紹介している。
好奇心:新しいことに興味を持ち続ける
持続性:失敗してもあきらめずに努力する
楽観性:何事もポジティブに考える
柔軟性:こだわり過ぎずに柔軟な姿勢をとる
冒険心:結果がわからなくても挑戦する。
つまり、ただそれが起きることを待っているだけでは、キャリアは広がらない。
予期せぬ出来事が起きた際に、すぐに行動できる準備や、
偶然の出来事に遭遇すべくフレキシブルに行動することで、チャンスが生まれる。
「いい偶然は自分の力でつかめる」として講演を締め括ることにしている。
現代社会は、世界の経済・政治状況が混迷し、各国間で紛争が継続している中、
未来に何が起こるのか予想することは難しい。
目的に固執過ぎると、想定外のチャンスを見逃しかねない。
しかし、キャリア目標を設定し、それに向けて努力したものは、
“予期せぬ出来事”に対応できるはずである。
これから社会人となる若者たちは、在学時に取得した資格や特技、学習内容が、
“いい偶然をつかむ 一本の藁”になると確信している。
【プロフィール】
1983年4月より群馬県公立高校教員として勤務
学科主任、学年主任、保健主事、進路指導主事等歴任
2019年、平成30年度 専門高校就職指導研究協議会全国発表
2022年3月、群馬県公立高校教員完全定年(再雇用含む)
2022年4月よりライセンスアカデミー東日本教育事業部顧問として、
おもに就職関係の進路講演、面接指導等を各学校で行う
