「震災と子どもの社会的孤立」筆者・葉養正明

前回(※)は、震災に伴う「子どもの社会的孤立」について考えた。
(※2025年6月7日掲載「震災は子どもにどのような影響を及ぼすか」参照)
ところで、震災が諸個人に及ぼす影響は多岐にわたる。
特に「子ども」などへの影響は大きい。
数年前世界を震撼させたコロナ禍にしても、
世界の犠牲者は子どもや高齢者、経済的困窮者などなど
社会的弱者と呼ばれる人々に集中する傾向があることが報じられてきた。
本稿で、東日本大震災に関連して「子どもの社会的孤立」を扱っている理由である。

前回触れた、復興庁の
「震災で親を亡くした子どもへの支援の状況について」(2015年)では、
両親を亡くした子どもの数は3県で241人、
片方の親を亡くした子どもは1,537人に達している。
膨大な数の子どもが犠牲者となったという数字である。
被災した子どもの中には、両親に加え祖父母も亡くした小学生の事例も含まれる。
筆者は、震災直後岩手県宮古市を起点に車で海沿いを南下し、
山田町、大槌町、大船渡市、陸前高田市、釜石市等をはじめ、
宮城県の石巻市、仙台市、山元町等海沿いの被災校や被災教育委員会を巡回したが、
「震災」の悲惨さはいたるところに広がっていた。
避難所の設けられた多数の小中学校も訪問したが、
夏になると段ボールの敷き詰められた体育館は蒸し暑く、
プライバシーを守るにも限界があり、
避難者の心身の休まる場所とはみじんも感じられなかった。
親を亡くした子どもの事例に出会ったのもその折である。

では、われわれが被災地の「悲惨さ」に向き合うことは、
被災にどのような意義を持つことになるのだろうか。
被災地を知るという経験も私の「記憶」の中に沈殿するだけで、
被災者支援にどう結び付くのだろうか。
原発事故のため福島県の海沿いの地域には伺えなかったものの、
小中学生、教育委員会などが疎開する福島県内陸部訪問で、
原発近くの子どもを多数受け入れている校長から伺ったのは次のような話であった。

「私どものところには、研究者の方から調査研究の依頼がくることがあります。
つい数日前にもありました。
依頼内容を拝見しますと、子どもの心理テストをしたいという依頼でした。
どう答えるか困りましたが、私としては、なぜこのような調査が必要で、
それがどう子どもたちに役立つのか理解できませんでした」

この申し出に校長がどう回答したかについては伺わなかったが、
「震災」などの調査研究では出会うことが少なくはない難問である。
本稿が扱っている「子どもの社会的孤立」もその一つであるが、しかし、
研究者は等閑視すればよい、という問題でもない。
不利益な生活と学習の環境の中に置かれた子どもは数多く、
近くの児童相談所などを訪れると少なくない子どもが押し寄せているからである。
不利益な環境の中に育つ子どもが孤立・孤独に陥らないための
生活・学習環境の設け方の研究・検討を進めることは研究者の大きな役割だ。

小中学生不登校の増加が報じられ、
文科省も学びの多様化校の設置拡大に乗り出している。
公教育の多様化が進み、情報化が進展する過程のなかでの
「子どもの社会的孤立・孤独」や包摂社会の実態や課題に真剣に向き合うことは
焦眉の課題になっていると言ってよい。

【プロフィール】
教育政策論、教育社会学専攻。大学教員として46年間過ごし、
現在は東京学芸大名誉教授、 国立教育政策研究所名誉所員。
千葉教育創造研究会(隔月1回会合)に40年以上参加し、
さまざまな世代の教職員と「教育のこれから」をテーマに探究を進めてきた。
また、「災害文化研究会」(岩手大学工学部が組織化)や
「縮小社会研究会」(京大工学部等が組織化)に所属し、
縮小社会や大震災のもとでの教育について研究を進めている。
地域復興などに際して教育が持つレジリエンス(回復力、弾性力)に関心を持つ。
<これまでの経歴や著書、論文等>
https://bunkyo.repo.nii.ac.jp/records/7687