「働かざる者 食うべからず」筆者・青木勝美

「ラクな仕事ありますか」と2学期中間試験が終わったころだったか、
進路相談中に生徒から問いかけられた言葉である。
「そのようなものはない、もっと勉強しなさい」と言って追い返すところであるが、
あまりにも真剣な眼差しであったので続けることにした。
その場で私が話した内容は、次のような内容であった。
“ラク”な仕事はないと否定し、「仕事はつらいことも多いが、働くことによって、
自分自身の能力を発揮できる場ができ、生きがいを感じる場面がある」。
さらに「仕事がラクと感じるためには、得意な分野を身に着けること」と。
実際には書いたほどうまく説明はできなかったと思うのだが。
最後に「働かざる者 食うべからず」と冷たいワードを言ったことは明確に覚えている。
(その後、何度か進路室で資料を閲覧し、大学への進学を希望し、翌年合格している)

「働かざる者 食うべからず」とは、ソビエト連邦(現ロシア)の初代指導者レーニンが
不労所得者を戒めるために唱えたものであることは、あまりにも有名である。
もともとこれは新約聖書に由来するとされ、
真面目に働くことを奨励する言葉だそうである。
日本国憲法で定められている国民の三大義務の一つとして、「勤労の義務」
(日本国憲法第27条第1項 すべての国民は勤労の権利を有し、義務を負う)がある。
働く能力のある人は働かなければならないという義務である。
しかし、労働を強制するものではなく、特別な罰則規定もない。
もともと、憲法草案には、「勤労の義務」の規定は存在していなかったが、
「働かざる者 食うべからず」の考えに基づいて、盛り込まれたという説もある。

2018年以降、労働者が自身のワークライフバランスに合わせた
働き方ができる社会を実現する取り組みとして、「働き方改革」が進められている。
労働時間や職場環境の改善が関連法のもと具現化してきた。
ところが、わが国のリーダーとなられる方が、
「ワークライフバランスという言葉を捨てます。働いて働いて働いて働いて働いて」
と発言されていた。
高揚感から自身を鼓舞するために発せられた言葉であると思うが、
昭和のモーレツ社員を想起してしまった。
働く者にとって、仕事と私生活にメリハリのある日常生活の実現には平成、令和を経て、
なお課題があると察する。

「世界は誰かの仕事でできている」という某社缶コーヒーのCMがある。
自分の生活の糧を得るための仕事が、世界の誰かの役に立っている。
逆に、世界の誰かの仕事のおかげで私たちの生活が成り立っているという趣旨であろうか。
仕事を遂行する労働は、重要な社会活動(世界への貢献)であり、
社会人としての大きな役割である。
ゆえに、仕事・労働は義務(無理やりではあるが)であると考えられなくもない。
しかし、「勤労の義務」イコール「働かざる者 食うべからず」では、
Z世代と呼ばれる若者たちは、顔を背けるであろう。
そこで「好きな仕事を探して 食べていこう」(それがラクな仕事かも)
とエールを送りたい。

【プロフィール】
1983年4月より群馬県公立高校教員として勤務
学科主任、学年主任、保健主事、進路指導主事等歴任
2019年、平成30年度 専門高校就職指導研究協議会全国発表
2022年3月、群馬県公立高校教員完全定年(再雇用含む)
2022年4月よりライセンスアカデミー東日本教育事業部顧問として、
おもに就職関係の進路講演、面接指導等を各学校で行う