朝夕の風に秋の気配を感じるようになって、
少しほっとした気持ちになっているのは私だけではないでしょう。
今年の夏は本当に暑い日が続き、暑さ対策を工夫しながら、
なんとか乗り切ったというのが私の実感です。
さて、学校という場は、日々たくさんの人間関係が交差する場所です。
生徒同士、先生と生徒、先生同士など、さまざまな関係が入り組んでいます。
その中で、相手とうまく関係を築くためのヒントが、カウンセリング理論の中にあります。
今回は、「交流分析」の中の「ストローク(ふれあい)」という考え方を紹介します。
ストロークとは、一言でいえば「相手の存在を認める行為」です。
人は誰しも「自分を認めてほしい」という承認欲求を持っており、
ストロークはその欲求を満たす「心の栄養」と呼ばれます。
人が健康に生きていくうえで食事や睡眠、運動が必要なように、
心にとってはストロークが欠かせない栄養になるのです。
ストロークにはさまざまな形があります。
たとえば挨拶の言葉、態度や表情、アイコンタクト、ほほえみ、肩を軽くたたくことなど、
日常のあらゆるコミュニケーションが含まれます。
これらを意識的にやりとりするだけで、人間関係は驚くほどスムーズになります。
ストロークには大きく二種類があります。ひとつは「肯定的ストローク」です。
これは相手を喜ばせ、安心させるもので、
「ありがとう」「よくできたね」「元気そうだね」といった言葉、
あるいは笑顔やうなずきなどが代表例です。
もうひとつは「否定的ストローク」で、
叱責や批判、冷たい態度など、相手を不快にさせるものです。
たとえば「何してる!」「だらしないな!」といった言動がそれにあたります。
重要なことは、ストロークが不足する(「ストローク飢餓」という)と、
人は孤独感や不安を抱えやすくなるという点です。
そして驚くべきことに、人は「全く無関心(ノンストローク)」であるよりは、
否定的なものであってもストロークを求める傾向があります。
たとえば、非行や問題行動を繰り返す生徒や注意ばかりされる生徒が、
実は「かまってほしい」という欲求から問題行動を起こしていることもあります。
したがって、より豊かな人間関係を築くためには、
肯定的ストロークを意識的に多く与えることが大切です。
学校でも、良い行動をした生徒に「素晴らしいね」「すてきだね」と声をかける、
授業準備に力を入れている同僚に「頑張っているね」「楽しそうだね」と一言伝える。
そんな小さなストロークの交換が、生徒との関係や職員室の人間関係を
大きく改善することにつながります。
ところで、「ストローク経済」という考え方があります。
これは「ストロークに富める人はますます豊かになり、
不足している人はますます不足する」という傾向を指します。
私たちは育つ過程で「むやみに褒めてはいけない」「自分を評価してはいけない」
といった無意識のルールを身につけることがあり、
その結果、ストロークを自由に与えたり受け取ったりすることが難しくなっています。
そのため、関係がぎこちなくなったり、互いに距離を感じたりしやすくなります。
ストロークはどんどん与えていいのです。
ストローク経済を打破するためには、日常の中で少し工夫することが有効です。
たとえば、朝の「おはよう」の挨拶に
「昨日の意見、参考になったよ」「作ってくれた資料、本当に助かったよ」
と一言添えるだけで、相手の心に温かさを残すことができます。
最後にもう一度強調したいのは、ストロークは「心の栄養」であるということです。
教師という仕事は、多くのストロークを自然に与える場面がある一方で、
意識しなければつい控えてしまうことも多い職業です。ほんの少し意識するだけで、
生徒との距離が縮まり、職員室の空気も変わるかもしれません。
ぜひ今日から、「ストロークを意識すること」を心がけてみてください。
物事を考えるときは、秋のように澄んだ心で臨むとよいと言われます。
私も秋風を受けながら、学校における人間関係をよりよくするために、
しっかりと考えを深め、実践につなげていきたいと思います。
引用文献
イアン・スチュアート, ヴァン・ジョインズ(2022).
TA TODAY:最新・交流分析入門 第2版 実務教育出版
鮫島輝明 心の四季
【プロフィール】
会津大学文化研究センター 教授 兼 学生部長
2015年から現職。専門領域は「教育学」「教育カウンセリング心理学」
研究テーマは教育困難校での支援