小論文指導の第一人者・堰免善夫先生の教育・文化随想 寓話の力用 (たとえ話の力) 筆者:堰免 善夫

小論文指導の第一人者・堰免善夫先生の教育・文化随想

寓話の力用 (たとえ話の力) 筆者:堰免 善夫
2018年3月1日(木)

1.「知」の普遍性
 学問は表現されてこそ学ぶことができる。だから、その表現は普遍的でなければならない。ゆえに「学問」とは「一定の対象に関する普遍的な記述を与えることである」と言える。普遍的な記述が与えられることによって、我々は、その対象を認識し、理解し、操作し、統御することができる。それを通して、学問は社会へと開かれていくのである。

 「普遍的」という事は、原理的には「誰にとってもそうである」「大勢の人に納得できる」ということでなければならない。つまり「私はこう思う」というだけでは「学問」とは言えぬということである。「私にとってそうであるだけでなく、あなたにとっても、誰にとってもそうである」のでなければ学問ではない。

 このことを専門的に言えば「反証可能性〈falsifiability〉」であり、どのような「知の言説」も他の人間が、反論し、反駁はんばくし、更新する可能性が開かれていなければならないということである。従って、学問を学ぶ学生は、「普遍性」の方へと、自らの「認識や理解、あるいは、言説や主張」を開いていく仕方や作法を身につけることが肝要かんようであると言えよう。
 要するに「学問する【知の行為】とは専門的な知識の伝達」ではなく、「知を普遍性の方向に開くこと」であるべきである。
 すなわち、「知の正しいあり方」「学問の正しいあり方」とは、「知識を知恵に変えること」である。要するに、「ハード・ウィズダム〈wisdom〉(知識)」を「ソフト・パワー(英知・知恵)」に変えることである。


2.「知」の創造性
 学問は普遍的である一方、「創造的」でなければならない。創造性がなければ学問とは言えない。では、創造性〈originality〉とは、一体何であろう。
 創造的思考とは単なる合理的思考ではない。また、単なる実証的思考でもない。確かに、新しい思考にもとづく、新しい着想、新しい発想が、創造性発現の出発点ではある。しかし、それだけでは創造的とは言えない。
 「知の創造性」の発現の具体的形は「類推るいすい」という知的作用の活用による。類推の中で、一番簡単で効果的な方法は「比喩ひゆ(たとえ)」である。比喩(たとえ)は合理的思考ではない。実証的思考でもない。演繹えんえき論理でもなければ、帰納論理でもない。
 真の「創造的知」であるためには、誰にもわからぬ、場合によっては自分にもわからぬことが「わかってくる」のでなければならない。比喩(たとえ)、たとえ話によって、自分自身にもわからぬことが、わかってしまうのである。


3.寓話ぐうわ(たとえ話)の力
 聖書でも諸経などの仏典でも、聖人の深遠な哲理、思想は、皆何かのたとえ話として説かれている。むずかしくて、それ自体としては理解しがたい、難解なことを、ごく卑近ひきんな、誰にでもわかることに「たとえ」て説くのである。
 一方はわかっている。他方はわからぬ。わからぬが、わかっていることに似ている話である。それを頼りに、わからぬことをわからせる。わからぬことが、わかりそうな話によって、ついにわかってしまう。これこそが「寓話(たとえ話)」の効能である。
 その時、自分自身にわからぬことが、なぜわかってしまうのか。それは、寓話、たとえ話そのものが、自分自身が考えてもわからぬ「話の筋道」を表わしていることが多いからである。
 相手も自分もわかっていることを「寓話(たとえ話)」で説くのは創造ではない。自分の認識、あるいは自己の言説を、一般化・普遍化可能な言語形態である寓話(たとえ話)を通じて明確に表現する。同時に、それを他者の異なった認識(わからなさの程度)と突き合わせながら、同時に、他者を理解し、自己を認識し、そして両者の間に「創造的な関係を生み出すこと」こそ、「最も正しい知(学問)」のあり方である。
 かくの如く、「知の普遍性と創造性」を共に生み出す力こそ「寓話(たとえ話)」の力用なのである。


4.世界最高の寓話『イソップ物語』
 世界中で『イソップ物語』が知られていない国はほとんどないと言ってよいであろう。『イソップ物語』ほど、世界の人々に生きた知恵を授けてくれたものはない。二千数百年も前の古代ギリシアに生きた人間が残した「教訓」が、世界中の古今を通じて読まれ続けたことは、その知恵が、いかに普遍性を有していたかの証左しょうさである。

 『イソップ物語』は、古代ギリシアの寓話作家アイソポスすなわちイソップにより書かれた話である。
 以前は、アイソポス(イソップ)は実在の人物かさだかではないと疑問視されていた。しかし、古代ギリシアの歴史の父・ヘロドトスがその著『歴史』の中で、イソップについて言及していることがわかり、実在の人物であったことが今では定説になっている。

 イソップが生きた時代は紀元前7〜6世紀である。このような大昔に日本のことわざ「人のふり見て我がふり直せ」を、動物の姿にたくして、子供にもわかるように説いた哲人こそイソップである。
 『イソップ物語』の主題は、端的たんてきに言えば、「経験に学べ」「経験を学べ」という不易の教訓である。そして、その根底には常に「なんじ自身を知れ!」がある。この「汝自身を知れ」は古代ギリシアの神託の地・デルポイの神殿に掲げられていた箴言しんげんである。ちなみに、ヘロドトスの叙述によれば「イソップはこのデルポイで殺された」とのことであるが、真相は不明である。
 「汝自身を知れ!」は、ソクラテスがその哲学の原点とした命題である。イソップが「寓話のソクラテス」と言われた由縁ゆえんである。
 ここで重要なことは、「体験・・に学べ」ではなく、あくまで「経験・・に学べ」だということである。人はみな、必ず「体験・・」はする。しかし、そのままであれば「喉元のどもと過ぎれば熱さを忘れる」のである。

 人間は学びもすれば忘却ぼうきゃくもする。何より、「体験・・経験・・化」が重要である。人間は他人の体験どころか、自己自身のにがい体験ですら、なかなか生かすことができない。経験化とは、体験を忘れず、生かすために、自己の中に「ルール化すること」である。その個人的ルールを、全ての人間ルールとして普遍化したのが『イソップ物語』なのである。

 イソップが説くのは、「様々なしくじりを動物に托して列挙」し、「このおろかで、みじめな失敗譚しっぱいたんにより、知恵を身につけ経験を学べ」ということである。そのことは、とりもなおさず「自分自身を知れ」ということである。
 『イソップ物語』はまた、「自分を知らざる動物の悲喜劇顛末集ひきげきてんまつしゅう」でもある。どのページを開いても「おのれの分を心得こころえぬ動物(=人間)の破滅集」である。
 イソップが繰り返し語るのは、「自分を正しく認識できず、自己について錯覚・・しか持てぬことの愚かさ」である。要するに読者である人間は「他者の不幸を見て賢くなれ!」ということである。その時、正確に言えば、「人間が賢くなるのは、経験に対処する能力に応じて」である。(バーナード・ショウの言)

 『イソップ物語』には、「強がって嵐に立ち向かったオリーブの木は折れてしまい、風に逆らわずなびいていたあしは生き残った」「キリギリスのような美声で歌いたいと思った悪声のロバが、キリギリスと同じ食物をれば美声になれると思い、露ばかりすすったあげく、とうとう死んでしまった」「百獣の王ライオンの鼻を刺し、ライオンを降参させて得意になっていたが、蜘蛛の巣にかかり、初めて自分の本当の姿を思い知る」等々、多くの諷意ふういの教訓が書かれている。いずれも「他山の石」(他の山の粗悪な石でも自分の持っているぎょくを磨くのに充分である。〈古代中国『詩経』による〉)である。

 もうひとつ、イソップの寓話を紹介し、本稿を終わりたい。
 「ある日、ライオンがロバとキツネを誘って猟に出かけた。多くの獲物を得たので、ライオンはロバにそれを分配するように命じた。ロバが獲物を三等分したところ、ライオンは怒り、ロバを食い殺してしまった。それからライオンは、キツネに、今度はお前が分配してみろ、と命じた。キツネは、獲物のほとんどをライオンに差し出し、残りのほんのわずかを取った。それを見たライオンは『ほう、誰がお前に、このような分配を教えたのかね?』とたずねると、キツネはこう答えた。『ロバの災難です』と」

著者プロフィール

堰免 善夫 (せぎめん・よしお)
長野県生まれ。中央ゼミナール(東京・高円寺)で国語科講師として活躍。小論文、現代文を担当し約40年間勤務。中央ゼミナール監事・役員・小論文主任講師の他、大学新聞社就職コンサル塾副塾長、東京国際学園特別顧問を兼任。
近年は全国の高等学校での高校生、保護者、高校教師対象の講演だけでなく、大学生向けの就職支援の講演会にも登壇している。


◇著書
『古の琴歌(いにしえのことうた)』 (小説作品集) 1987年5月
『知見の旅路』 (思索論文集) 1997年5月
誰にでも書ける 小論文学習の決定版 最も効果的な指導・学習法』 (大学新聞社) 2013年3月
『我が心の久遠・哀愁のヨーロッパ・憂愁の京都』 (紀行随想) 2013年12月

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