東京モード学園の先輩・先生の声

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URL
http://www.mode.ac.jp/index.html?utm_source=magazine&utm_medium=link&utm_content=mode&utm_campaign=DALP  

先輩の声

独自の世界観が日本のメンズシーンをリードする

有働 幸司 さん / ファッションビジネス学科 1993年卒業FACTOTUM ファッションデザイナー

先輩

1994年、ファッションビジネス学科卒業。BEAMSを経て1998年ラウンジリザードの設立に参画。2004年に独立し、FACTOTUMを設立。2007年、東京コレクションデビュー、2009年、ニューヨークにて展示会を開く。ミリタリーやワークをベースとしたリアルクローズを提案し、現在の日本のメンズシーンなくてはならない存在となっている。

■厳しく、楽しく、刺激的、 充実のモード学園時代
僕は、自分自身ファッションが好きだったのはもちろん、周りにもファッション好きでセンスのいい友人が多くて、大きな影響を受けましたね。といっても、モード学園を選んだのは、何かしらファッションに関係ある仕事に就けたら...程度の軽い気持ちからでした。で、入学してみたら、先生も、授業も、課題も厳しくて、しごかれましたね。そう、自分とは違う感性の人たちがたくさん集まっていて、常に刺激を受けていました。みんな個性はバラバラだけど、ファッションが好きという1点でつながっていて、面白かったなぁ。グループで1つのことをやるって、社会に出たら当たり前のことだけど、当時はノウハウもないから、ことごとくぶつかりますよね。でも、あの時学んだことはとても役に立っています。

■デザイナーとしての歩みはそれぞれに山あり谷あり
僕が就職したのは、セレクトショップが力をつけてきた頃で...僕は、当時はデザイナーになる気持ちはなく、お店を出すことが夢だったので、ああいう、色々なジャンルからものを買い付けて、1つの世界観を創るというビジネスに興味津々で、ビームスに入社しました。20代半ばの頃、モード学園時代の仲間と3人でお店をやろうという話になって、ビームスを退職。ラウンジリザードを立ち上げたんですが、その時に、品揃えが足りなくて急遽ショップのオリジナルをつくることになって、それが始まり。で、やっていくうちに、コンセプチュアルな服づくりにチャレンジしてみたいなという欲求が湧いてきて、5年目に独立したんです。
好きなことを見つけたら、苦しい時があってもあきらめず続けてほしい。夢はかなうと信じて、若い人たちに頑張ってほしいです。

(掲載年度:2013年度)

ポッチャリさんのための服づくりを通じてデザイナーという仕事の奥深さを知った

田中 ひとみ さん / ファッションデザイン学科 1991年卒業MONSTER DROPS ファッションデザイナー

先輩

潟激iウンを経て、オリジナルブランドSusie Dropsを設立。その後、森三中のスタイリングを引き受けたことがきっかけとなり、MONSTER DROPSを立ち上げる。現在展示会の開催をはじめ、スタイリング、舞台衣装の製作など、多彩な分野で活躍中。

■女っぽくて男っぽい それが、私
ポップな色使い、甘口ディテール満載の服は、おしゃれな女の子たちの心をギュッと掴んで離さない。そして田中氏自身も、そんなファッションの生みの親らしく、とてもキュートな女性である。だが本人曰く「かわいいもの、女の子っぽい世界には目がないのだけど、中身は全然女じゃない。何でもズバズバ言っちゃうし、真っ直ぐで、熱くて、非常識なことは許せなくてって、そんなタイプ」と自己分析する。社会に出たばかりの20代の頃、「仕事の時に女の部分を前面に出すなんてナンセンス」と、変に突っ張った部分があった。五分刈り+金髪や坊主頭(!)にして、徹底的に女っぽさを消してみたり。「でも、そういうのって結局は女を意識していたってこと」と当時を振り返る。だが、経験を重ねてきた今は、すっかり肩の力が抜けた。「おしゃれにかわいくキメて、でも仕事はビシビシいくぞ。辛口なこともどんどん言うぞ。それが私、で、いいじゃん!」と屈託がない。

■Susieはニックネーム。ロックミュージシャンのスージー・クアトロに由来
田中氏にモード学園時代の思い出を尋ねると、「それはもう、課題が大変だったことに尽きる。ホントに量が半端じゃない!」との答えが即返ってきた。そして「でもね、絶対ギブアップしなかった。きちんとやっていけば、必ずデザイナーになれると信じていたから」と、笑う。信じた通り、卒業後は(株)レナウンにデザイナーとして就職を果たす。まさに“成せば成る”のストーリーだ。その後、デザイナーとしてキャリアを積む中で「自分のブランドを作りたい」との想いが募って退職。オリジナルブランドSusie Dropsを立ち上げたのは31歳の時だ。ちなみにSusie Dropsの「Susie」は、田中氏のニックネームで、レナウン時代の上司がつけたもの。「当時、金髪だった私を見て、ロックミュージシャンみたいだから、スージー・クアトロ・・・うん、スージーな、と(笑)」以後は、本名よりもこの名が定着したそうである。

(掲載年度:2013年度)

雑誌、広告、映画、コレクションと幅広く活躍するヘア&メイクアップアーティスト

奥川 哲也 さん / メイク学科1992年卒bee-glee ヘアメイクアップアーティスト

先輩

雑誌、CM、広告、コレクションなど、国内外を問わず様々なシーンでマルチに活躍。女優、タレント、ミュージシャン、モデル、著名人などを相手に、その人が持つ本来の美しさ、可愛さ、カッコ良さを引き出した、最先端のヘアメイクを作りだしている。


■後から怖さに気づいたかもしれない
高校時代、先生から「絵を描きたいなら、顔をキャンパスに見立てるメイク道もある」と言われ、ヘアメイクを志す。数ある学校の中からメイクだけではなく、デッサンや服作りなど、総合的に学べるモード学園を選択。在学中のインターンシップで知り合った方に紹介され、良く知らないまま伊藤五郎事務所に入るが、実は伊藤先生は業界のトップ。トップクラスの先輩もたくさん在籍し、業界にも事務所の卒業生は多い。「今から考えると恐ろしくなりますね」。同期入社はヘアサロンの店長経験者。最高レベルのるつぼに、社会人一年目で飛び込んだ奥川氏だった。

■修行時代の思い出
修行時代の強烈な思い出のひとつが、パリコレ経験だ。伊藤五郎チームにパリコレの依頼があった。当然、奥川氏には声がかからない。しかし、どうしてもパリコレの空気を感じたかった。自費での参加を申し出る。友人がパリ郊外にホームステイ先を探してくれて、一行とは別便でパリ入り。コレクションは素晴らしかった。手伝った後は、クタクタになって一人ホームステイ先へ。車内で眠りこけたり、危ない目にあったりもしたが、行ってよかったという想いに変わりはない。徐々に名指しで仕事が入り、独立。現在は、ゴロー氏が奥川氏の事務所に参加している。

■立ちはだかる壁は、実は扉。どうにかすれば開くのではないかと考えてしまうんです
「渦中にいるときは、それが壁であったとしても壁だとは感じない。興味が優先してなんとかその壁を開けようとしている。扉といったほうがいいのかな。どうにかすれば開くと思っているから(笑)」。今はメイクだけではなく写真やファッションにも興味を持ち始めている。ライティングやフィルムの種類、洋服の色や素材がメイクの仕上がと密接に関係するからだ。「肌の質感やパウダーのパール感を最高に引き出すカメラワークや絞り、ライトの固さ、レフ盤の使い方に興味がある」。いつも次の自分に向かっている……、高いクオリティをキープするために。

(掲載年度:2013年度)

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