小論文指導の第一人者・堰免善夫先生の教育・文化随想 教育の原点ルソー『エミール』

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小論文指導の第一人者・堰免善夫先生の教育・文化随想

教育の原点ルソー『エミール』
2017年11月1日(水)

1.ルソーとペスタロッチ
 ルソー『エミール』とペスタロッチ『リーンハルトとゲルトルート』こそ、近代世界教育史上、不朽の2大著作である。
 両者において、ペスタロッチは特に強く『エミール』の影響を受け、ルソーを手本に、その教育活動の実践を推進したのである。ルソーとペスタロッチ、そして後の幼児教育者モンテッソーリを『世界三大教育者』と呼んでも、誰も異議を唱えないであろう。その上でなおペスタロッチの名は、教育界においては、世界的に名高い。
 ペスタロッチ(1746年〜1827年)は、スイスの教育家であり、ルソー及びカントの影響を受け、孤児教育、小学校教育に生涯を捧げた人物である。人間性の覚醒と、天賦の才能の調和的発達とを教育の目的とし、世界の近代教育史の上に大きな足跡を残したのである。『リーンハルトとゲルトルート』の他に『隠者の夕暮』などの著作もある。
 一方、ルソーが、教育界では、ペスタロッチほど著名でないのは、思想家あるいは文学者としてのルソーの方がより高名であったからである。「自由・平等・博愛」のフランス革命・人権宣言の思想を確立した、ジャン・ジャック・ルソーは、巨大な思想家であるとともに、ロマン主義文学の父として、また告白小説の開祖として偉大な文豪であった。

 ルソーは1712年6月28日、スイスのジュネーヴに生まれた。10代後半から20代はイタリア・フランスを放浪、30歳の時にパリに出る。以後、1778年7月2日、パリ郊外のエルムノンヴィルにて66歳で亡くなるまで、フランスを活躍の舞台としていたため、一般には「フランスの大思想家」と言われている。
 思想家としてのルソーは『法の精神』のモンテスキュー、『哲学書簡』『哲学辞典』のヴォルテール、『経済表』ケネーと並ぶ「大啓蒙思想家」であった。なかんずくルソーの『社会契約論』(1762年)は、フランス革命の「聖典」であり、人権宣言の中芯核となる魂となった。
 ルソーの盛名はフランスのみでなく、ドイツにおいても熱烈に迎えられた。カントがルソーを読んで「人間の真の価値」を覚ったことは周知であるが、その他、ヘーゲル、フィヒテなどの観念論哲学者達は哲人ルソーに熱中した。「ルソーよ、あなたはあまりに立派すぎ、偉大すぎた」とシラーは叫んだ。ゲーテは「ルソーと共に新しい時代が始まる」と断言した。
 ロシアにおいても同様で、トルストイはルソー全集を原語で読破して「ルソーと聖書は私の一生に、大きく有益な影響を与えた二つのものである」と静かに語っている。

 このような思想家としてのルソーの著作は『社会契約論』の他に『学問芸術論』(1750年)『人間不平等起源論』『政治経済論』(1755年)などがある。
 他方、文学者としてのルソーは『新エロイーズ』(1761年)により、互いに相敵対する保守派のシャトーブリアンと、進歩派のスタンダールの双方に深い影響を与えた。
 日本においても、23歳の島崎藤村は人生模索の煩悶の中に、ルソーの『告白』を原語(フランス語)で読み、ようやくにして、そこに救いを見出した。そしてその叫びが、2年後、日本近代詩の記念碑たる『若菜集』を生むことになるのである。
 このルソーの『告白』は、ルソー生誕200年にあたる1912年(大正元年)に日本で初めて邦訳された。石川戯庵いしかわぎあん懺悔録ざんげろく』がそれである。この訳本には上田びんと森鷗外が序文を、島崎藤村が後記を載せている。


2.ルソー『エミール』
 『エミール』(1762年)は、ルソー最高著作『社会契約論』に遅れることひと月後に世に出される。
 だが、この時代、『社会契約論』は危険であった。ルイ14世・16世の絶対王政下にあっては「自由・平等・博愛」の思想は、絶対君主の地位を揺るがす危険この上ない嫌悪すべき思想であった。当時のフランスの総人口2300万人のうち、12万人の僧侶と40万人の貴族が特権階級身分であり、税金も免れた上に封建的特権を行使し、一般市民や農民そして農奴を支配していた。『社会契約論』は、そのフランスのあり方が「人間の自由と平等」に反するものであると主張するものであったため、出版と同時に焚書ふんしょ(焼却処分)となる迫害を受けた。
 教育書『エミール』も、その「自由・平等・博愛」の思想によるものである。だから逆から言えば、『エミール』は単なる教育書・教育方法書ではない。「自由・平等・博愛」の根本哲学の上に立てられた教育理念と実践方法の書なのである。ゆえに『エミール』は不変不動の永遠の生命を有する教育書である。教育は、人間の「自由・平等・博愛」を原点としなくてはならない。これがルソーの信念である。

 『エミール』は、少年エミールの教育課程を克明に描いたフィクション(仮構)であり、詩情美しい小説と言ってもよい文学性に満ちている。しかも、あらゆる「教育」の本質的原点を見事に理論構成された教育書である。ルソーの全著作中最大の長編大作である。
 フィクションと言っても、ルソーは実践を退しりぞけ、空理をもてあそんでいるわけではない。ルソーがパリに出る前、1740年にリヨンで、サント・マリという子供の家庭教師を勤めた経験をふまえている。この経験は『サント・マリのための教育案』(1740年)に書かれるが、ここにすでに『エミール』の萌芽ほうがが見られる。ルソーの実践から生み出された、教育精神、教育理念、教育理論が『エミール』を貫いている。

 『エミール』に書かれた、ルソーの教育論の大要は概ね次の通りである。

(1)「自然の善性」が教育の根本である。
 人間は自然的にその本性において善である。だから必ず成長・進歩すると信じて、自然な形で徐々に美徳や感性をつちかっていくべきである。子供のうちに大人を求めてはならない。常に現在を尊重して、未来のために現在を犠牲にしてはならない。少年時代は決して成人となるための踏み台ではなく、少年時代はそれとしての独自の価値を持つ。

(2)以上の如き根本思想のもとに、教育は第1に身体の内的発育(自然の教育)及び外的必然性の経験(事物の教育)を行う(12歳まで)。第2に事物の効用の判断とそれに伴う学問技術の習得(人間の教育)を行う(12歳から15歳まで)。第3に自然と自己に対する道徳的、倫理的、理性的教育(人格の教育)を行う(15歳以降)。この3段階を順を追って実践する。これがルソーの具体的な教育方法であった。この3段階をカント哲学流に言えば、第1は「真(美)」教育。第2は「実(利)」教育、第3は「善(徳)」教育と言えよう。

(3)前項の3段階のうち、カントは第1の「自然の教育」が最も重要であるとしている。「自然を愛する者に悪人はいない」として“自然に帰れ!”という「自然回帰」こそが教育環境の根本である。
 ルソーは言う。「子供は教師の弟子ではなく、自然の弟子である」と。この「自然の教育」の最大の障害は、自然の反対概念であるところの「反自然」つまり「人工」「社会」「因習」「臆説おくせつ」そして「差別」である。ゆえに大人のなすべきことは「社会的な不徳」から、「人工的な束縛」から、そして「組織的な差別」から、子供の心を守ってやることであるとルソーは主張する。現代における子供の遠足、休日の登山、山野へのピクニック、ハイキングは、ルソーがその創始者である。

(4)「自然の教育」は一方で、子供の「自由」を尊重し、自然の中での活動行為は「平等」であり、そこでの自然な形での助け合いは「博愛」であることが原則である。ゆえに子供の「自発性」が常に尊重されねばならない。
 教師の役割は「子供にものを教え込む」のではなく、「知りたいという自発的欲求を起こさせること」である。「真理を教えること」ではなく、子供が自ら「真理を発見し、自ら誤謬ごびゅうを改める方法を見出すよう喚起すること」である。言い換えれば、これは「言葉で教えてはいけない」ということでもある。子供のうちから体験的に教育することが大事だということである。

(5)(2)項で叙した3種の教育「自然の教育」「事物の教育」「人間及び人格の教育」が、一致して同じ目的に向かっている場合は「良い教育」が可能であり、この3つが互いに矛盾する場合は「悪い教育」となる。この3種の教育の一致をもたらす「良い教育」を行う基本は1対1の個人教育であり、それが真の意味での「平等教育」を可能にする。そして、その基本をふまえた上で、少しづつ集団教育の「公共教育」に段階的に進むのが良いとルソーは考えていた。

(6)ルソーの教育は最終的に「善き人間にして良き市民をつくること」をめざしている。『エミール』においては、家庭教育における個人教育を基本において公共教育の方向性を示唆している。ルソーは「自然と人工社会制度」との間、「人間個人と市民社会人」との間に見出される矛盾の克服こそ「教育の最大の問題」ととらえていた。このことは、21世紀現代の教育的課題と少しも違わない。

3.現代教育の原点
 ルソーは「社会状態に生きる自然人」を理想としていた。
 フランス革命の成果である『人権宣言』が、正確には「人間及び市民の権利の宣言」の名を与えられていることは、まさに「善き個人にして良き社会人」を育てることこそ「教育の目的」であることを示している。やはり教育の目的は、「個人と社会人」を共に立派に育てることであろう。そのための教育方法の基本は「徳育・知育・体育」である。
 学問による知育とスポーツによる体育を両翼として、「徳育」たる人間教育・人格教育が成されることが重要である。この時、常に考えなければならないことは、ルソーによる教育の原点である。

 “自然に帰れ!”
 体育は「自然」の中で行うがよい。学問もフィールドスタディ(野外・実地学問)が望ましい。そして、最も大事なことは、「教育はあくまで人間が相手である」ゆえにこそ「教育哲学」すなわち、ルソーにおける「自由・平等・博愛」が教育の根本土台になくてはならない。ルソーの『エミール』は、その「教育」の最も理想的にして現実的なあり方を見事に理論化した不朽の名著である。
 いつの時代にも不変不動の「教育原理」を明かした『エミール』は、すべからく、教職に関する人々の必読の書として欲しいものである。

著者プロフィール

堰免 善夫 (せぎめん・よしお)
長野県生まれ。中央ゼミナール(東京・高円寺)で国語科講師として活躍。小論文、現代文を担当し約40年間勤務。中央ゼミナール監事・役員・小論文主任講師の他、大学新聞社就職コンサル塾副塾長、東京国際学園特別顧問を兼任。
近年は全国の高等学校での高校生、保護者、高校教師対象の講演だけでなく、大学生向けの就職支援の講演会にも登壇している。


◇著書
『古の琴歌(いにしえのことうた)』 (小説作品集) 1987年5月
『知見の旅路』 (思索論文集) 1997年5月
誰にでも書ける 小論文学習の決定版 最も効果的な指導・学習法』 (大学新聞社) 2013年3月
『我が心の久遠・哀愁のヨーロッパ・憂愁の京都』 (紀行随想) 2013年12月

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