小論文指導の第一人者・堰免善夫先生の教育・文化随想 クリスマス・イヴ・大晦日の夜(X’mas Eve・New Year’s Eve)

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小論文指導の第一人者・堰免善夫先生の教育・文化随想

クリスマス・イヴ・大晦日の夜(X’mas Eve・New Year’s Eve)
2016年12月1日(木)

T.クリスマス・イヴ
 「イヴ」は「静夜」である。そして、〈Silent Night〉サイレント・ナイトには「積む白雪」がふさわしい。日本では12月になると、街のあちこちでクリスマス・ツリーのかがやきが点滅して、光の幻想世界が現出する。その夜空には、そこかしこからクリスマス・ソングが流れ渡り、路行みちゆく人々の心を、エキゾチックな郷愁きょうしゅういざなう。

 『ジングル・ベル』『ブルー・クリスマス』『赤鼻のトナカイ』『サンタが町にやってくる』『ホワイト・クリスマス』そして『きよしこの夜』。追憶の彼方に、遠い思い出を甦らせる「聖夜の名曲」は、清澄な調べで、ひとときの現実を忘れさせる。
 しかし、ヨーロッパのクリスマスは、それぞれの「家庭でのお祝い」である。皆が自分の家でイヴの夜を楽しむ。正統なイギリス・ロンドンでのクリスマス・イヴは、メイン料理は「鳥の丸焼き」。七面鳥にかぎらない。ダックでもよいしチキンでもよい。各々の家が決める。中の詰物は、玉葱、リンゴ、人参、ポテトなど香料野菜が中心である。鳥料理には意外なことに、アップル・ソース、オレンジ・ソースなどの甘いフルーツ・ソースが合う。デザートは、かの有名な「クリスマス・プティング」である。プティングを蒸して熱いままテーブルに運ぶ。頂上に「柊」ひいらぎの葉を飾り、ブランデーを降りかけ点火する。この神秘的な青い炎に包まれる時が、クリスマス・パーティのクライマックスなのである。
 もちろん、街もクリスマス・イヴを祝う。しかし、街はどこまでも静かである。東京の銀座通りにあたる、ロンドンのオックスフォード通りは、12月になると、一斉にクリスマスの飾りつけがされる。デパート「セルフリッジ」のショーウィンドウは、通りに面して10面ほどあるが、その1つ1つに、チャールズ・ディケンズの作品『クリスマス・キャロル』以下5編の『クリスマス・ブックス』の中の場面がまるで本物のように再現される。ディケンズの作品の読者なら(イギリス人のほとんどが読者なのであるが)どの作品のどの場面かは、一目でわかるのである。並べられたパノラマを見ながら、人々は、クリスマス・プレゼントを買って家へ帰る。
 このプレゼントの伝統は、ディケンズの時代、1800年代「貧しき人々に救いの手を差しのべるという意味のプレゼント」である。それは『クリスマス・キャロル』でディケンズが子供達に語りたかった心である。

1.『クリスマス・キャロル』(作・チャールズ・ディケンズ)
 チャールズ・ディケンズは、1812年2月7日金曜日、イギリス南部の港町ポーツマスに生まれ、1870年に死去する。この人気作家の死が報じられると、イギリス国民の悲嘆は大きかったが、なにより子供達の悲しみは深かった。「それなら、サンタクロースのおじさんもいなくなってしまうのか」と子供達は皆思った。
 1843年の『クリスマス・キャロル』から始まり、毎年年末にクリスマスの贈り物としてクリスマス・ブックスと呼ばれる小説を出版してきたディケンズ自身がサンタクロースであると子供たちに思われていたのも当然であった。
 「世に善を行い、思いやりの気持ちを養う事に貢献した」として、ディケンズの作品は賛辞を受け爆発的な人気を博した。「クリスマスは、親切で寛大で慈悲深くあるべきことを思い出させ」ながら、その背後に「子供が置かれている逆境が不条理である」そのことこそ、ディケンズが言いたかったことなのである。寂しい子供、衰弱しきった子供、皆、哀れな子供達で、ディケンズがじっと眼を注がずにはいられなかったのは、この大都会ロンドンの荒寥こうりょうとした、汚れた薄暗い街、特に彼自身が幼年時代、靴墨くつずみ工場での屈辱的な労働者時代を過ごした自己の心境の反映だからである。
 もし、病気や貧困から解放されて「子供達の楽園」が実現できるとしたら、そして、この暗く辛い時世に、出稼ぎ労働で離ればなれの家族が、楽しく一緒に団欒だんらんのひと時を過ごせる時があるとしたら、それは「クリスマス」をおいて他にはない。ディケンズのクリスマス作品はそれを言っているのである。
 『クリスマス・キャロル』の最も印象的な場面は、以下のシーンだと思われる。クリスマス休暇を楽しむために生徒達がみな家へ帰ってしまい、人っ子一人いなくなった学校。不仲の父に家を追い出され、帰る所もなく、ただ一人そこに取り残されていたスクルージ少年のもとに、兄思いの幼い妹が現われ「お兄ちゃん、おうちに帰ろう!」と温かい迎えの言葉をかける。思わず涙が溢れそうになる。
 『クリスマス・キャロル』とは「クリスマスの歌」という意味である。クリスマス・キャロルは「善」に向かって、かくも哀しく歌われる。これが、クリスマスを舞台に「人間の愛と善意をペーソス(悲哀)溢れる筆致で描く」、世界の名作、チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』なのである。
 ディケンズの名作は、他に『オリバー・トゥイスト』などがあるが、最も有名な作品は『二都物語』であろう。その他、特筆すべき事項として1846年、34歳の時、パリに滞在し、大作家のヴィクトル・ユーゴー、文豪のアレクサンドル・デュマと知り合ったこと。1858年、46歳のときライバル作家『虚栄の市』ウィリアム・M・サッカレーと不和となり、1863年、51歳で和解するが、直後にサッカレー死す、等が挙げられる。

2.『青い鳥』(作・モーリス・メーテルリンク)
 「本当の青い鳥は一体どこに?」モーリス・メーテルリンクの『青い鳥』は、世界中の人々に親しまれた不滅の「夢幻童話劇」である。
 クリスマス・イヴの夜、貧しい木こりの小屋にチルチルとミチルの兄妹が小さなベッドを並べて眠っている。夢の中で、醜い年寄りの魔女が兄妹の小屋を訪れる。「これから私が求める青い鳥を探しに行ってもらうよ」と言われた2人は、夢の中で不思議な旅に出る。
 2人は〈思い出の国〉で青い鳥を見つけるが、鳥籠に入れるとたちまち“黒い鳥”に変わってしまう。兄妹はなおも色々な国を探し回る。しかし、青い鳥の姿はどこにもなく、とうとう手に入らないまま1年が経つ。魔女との約束が果たせぬうちに2人は家に帰る。ここで2人の夢は覚める。
 そこへ隣の家のお婆さんが来て、病気の娘が、チルチルが飼っている鳥を欲しがっていると告げる。忘れていた自分たちの鳥を見ると、驚いたことに“青い鳥”に変わっていたのだ。この青い鳥を隣の娘に譲ると、彼女の病気は回復する。

 万人が憧れる“幸福”は遠いところには決してない。むしろ、それは、日常生活の身近なところを探すべきである。作者は、夢さながらの美しい舞台で、詩のように豊かで気高い言葉で、それを語るのである。
 メーテルリンクの作品は発表される度に全世界に反響を呼び、名作と賛辞を浴びる。まさに彼は、ベルギー・フランスの作家というより、ヨーロッパの、世界の作家と呼ぶがふさわしい。1911年度ノーベル文学賞授与は、その栄光を神聖化したものと言えよう。
 メーテルリンクは「人間の意識下の世界へ潜み入る詩人、霊魂の神秘を探る戯曲家」である。「会話詩と呼ぶにふさわしい戯曲は、夢幻劇の真髄である」との評言は、まさに正鵠せいこくを射ている。
 この『青い鳥〈L'Oiseau bleu〉』は、世界各国で訳され、映画や舞台で上演され続けてきた「美しいクリスマス・イヴの夢物語」である。


U.大晦日の夜
 大晦日の夜も静かである。そしてやはり雪降る夜がふさわしい。「大晦日」おおつごもりの夜になると、家路を急ぐ人々の足音が止み、人通りが絶え、家々の明りの洩れ灯こも び以外には何も見えない。暗い、それは暗い暗黒の夜になる。
 闇が一層深まり、漆黒しっこくの夜のとばりが降りる。暗黒に光沢があるのは時を得て、真っ白な雪片が舞い始めたからである。こうしてそれぞれの家では、次第に静まって「除夜の鐘」の音色を澄ます気配が整えられる。こんな時、遠い昔の、民家の大晦日はどんなであったことだろう。

3.『笠掛け地蔵』(日本の民話)
 むかし、ある村に、とても貧しい、おじいさんとおばあさんがいました。
 明日はお正月という大晦日の日のことです。近くの家から「餅」をつく音が響いてきます。しかし、この家には「餅」をつく米もありません。そこでおじいさんとおばあさんは、笠を編み始めました。やがて笠が6つできあがり、おじいさんは雪の降る中、町に売りに行きました。
 しかし、笠は1つも売れませんでした。仕方なく、おじいさんは家に帰ることにしました。村の入り口には6つのお地蔵さんが並んで立っています。見るとどのお地蔵さんの頭にも、皆、白い雪が積っていました。それを見たおじいさんは、売れなかった笠を、雪を払い除けたお地蔵さんの頭に掛けてあげました。
 「今帰ったよ」「まあまあ、お疲れさま、寒かったでしょう」「ところで、おじいさん、笠は皆売れたようですね」「いいや、1つも売れなんだので、お地蔵さまの頭に掛けてきたんじゃよ」…「それは、それは善いことをなさいました。」そうして、2人の大晦日の夜は更けていきました。
 ……お正月の朝が明けました。おばあさんが戸を開けてみると、なんと戸口の前に、大きな米俵と、たくさんの野菜が入った大きな籠が置かれてありました。
 この話は、小さな村の、小さな家の「大きな善意の大晦日」の今に伝わる民話である。

 大晦日は何も日本だけではない。北欧デンマークでも「大晦日」はある。

4.『マッチ売りの少女』(作・アンデルセン)
 雪が降っていて、あたりはもう、暗くなりかけていました。その日は、1年のうちでいちばんおしまいの大晦日の晩でした。この寒くて、薄暗い夕暮れの通りを、みすぼらしい身なりをした、年のいかない少女がひとり、とぼとぼと歩いていました。
 雪がひらひらと少女の長いブロンドの髪の毛に、降りかかりました。それでも、少女は家へ帰ろうとはしませんでした。マッチは1つも売れてはいませんし、お金だって1シリングももらっていないのですから。
 少女の小さな手は、寒さのために、もう死んだようになっていました。あまりの寒さに、とうとう少女は売り物のマッチを1本取りだして擦りました。「シュッ!」あたりが一瞬明るくなりました。少女はもう1本、新しいマッチに火をつけました。すると今度は、たとえようもないほど美しいクリスマス・ツリーの下に少女が座っている姿が映し出されました。マッチの炎は消えましたが、不思議なことに、このクリスマスの映光は、空高くどこまでも高く昇り、そして、とうとう明るいお星さまになりました。
 寒い寒いあくる朝のこと、その街角の隅っこに、小さな少女が口元に微笑みを浮かべて、うずくまって死んでいたのです。しかし、少女は高く高く天へと昇って行き、あの星になったのです。

 クリスマスはイエス・キリストの降誕祭であり、12月25日に行われる。大晦日は1年の最後の日で、12月31日である。「時間」というものの存在は連続的で、「時の流れ」は一瞬たりとも止まることはなく、切断されはしない。1年間は地球が太陽の周りを公転する一周期であり、本来、区切れはない。しかしながら「時間」はあくまで「生命的時間」として、人間的意義付けをすることにより新しい価値が生じる。ゆえに人間の「理性」により「連続時間」を「切断」する。それは「新たなる生命を生きるために」である。
 キリスト教時間観においては、「イエス・キリストの誕生」をもって「時間」に意義と価値を与える。一方、天文宇宙時間においても「大晦日(12月31日)」を「旧年」の締め括りとし、「新年」の初めを「元日(1月1日)」として「人間としての新生」の決意をうながす。いずれも「人間生命の清め」としての祝賀である。この時、どちらも「善なる心」が絶対条件である。いかに貧しくとも、どんなに悲哀の状況下にあっても「善意の人」にこそ、クリスマスも新年もやってくるのである。その「善意の象徴」がサンタクロースである。
 「X’mas Eve」も「New Year's Eve」も「さらなる新たな善」を待ち望む心が、はやる「前夜祭」なのである。

著者プロフィール

堰免 善夫 (せぎめん・よしお)
長野県生まれ。中央ゼミナール(東京・高円寺)で国語科講師として活躍。小論文、現代文を担当し約40年間勤務。中央ゼミナール監事・役員・小論文主任講師の他、大学新聞社就職コンサル塾副塾長、東京国際学園特別顧問を兼任。
近年は全国の高等学校での高校生、保護者、高校教師対象の講演だけでなく、大学生向けの就職支援の講演会にも登壇している。


◇著書
『古の琴歌(いにしえのことうた)』 (小説作品集) 1987年5月
『知見の旅路』 (思索論文集) 1997年5月
誰にでも書ける 小論文学習の決定版 最も効果的な指導・学習法』 (大学新聞社) 2013年3月
『我が心の久遠・哀愁のヨーロッパ・憂愁の京都』 (紀行随想) 2013年12月

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