小論文指導の第一人者・堰免善夫先生の教育・文化随想 バレエ・華麗なる美の世界

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小論文指導の第一人者・堰免善夫先生の教育・文化随想

バレエ・華麗なる美の世界
2016年11月1日(火)

 最も有名なバレエ音楽は、チャイコフスキーの『白鳥の湖』『眠りの森の美女』『くるみ割り人形』(組曲)の三大バレエであろう。
 ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーは、1840年にロシアで生まれたが、この前後には大作曲家たちが綺羅星きらぼしの如く輩出している。前年にはムソルグスキー。5年前には『白鳥』で有名なサン・サーンスが、そして、7年前の1833年にはブラームスが生まれている。この同じ年には、ロシア民族音楽の旗手ボロディンが産ぶ声をあげた。19世紀初頭1800〜1830年の間に、ドイツでは『ヴァイオリン協奏曲』のメンデルスゾーンやシューマンが、ポーランドではピアノの天才・ショパンが、そしてハンガリーではピアノの鬼才・リストが、さらに、イタリア・オペラの第一人者・ヴェルディと、ドイツ・オペラの巨匠ワーグナーが生まれている。その後、歌劇『ファウスト』のグノーが、ブラームスのライバル、ブルックナーが、ボヘミア国民楽派チェコのスメタナが、そしてワルツ王、ウィーンのヨハン・シュトラウスが誕生している。一方、チャイコフスキー誕生の1840年以後は、翌年、ドヴォルザーク、4年後にリムスキー・コルサコフ、時を置き、さらに歌劇のプッチーニ、そしてマーラーが、リヒャルト・シュトラウスが、シベリウスが、と続々と誕生しているのである。19世紀はそれこそ「音楽の世紀」であった。その前の18世紀のうちに、すでに、バッハ、ヘンデル、モーツァルトは死去していたが、19世紀の初め頃には、ハイドンはまだ生きており、ベートーヴェンもシューベルトも健在だった。そしてロッシーニのオペラが熱狂的に迎えられていた。そういう時代が19世紀音楽世界であった。
 音楽だけではない。この世紀の初めにはドイツの哲人カントが、規則的な散歩の毎日の中に思索にふけっており、ゲーテもシラーも意欲的に創作を続け、ハイネも詩作に夢中だった。

 『白鳥の湖』の初演は1877年、チャイコフスキーが37歳の時であったが、当時はその真価は認められなかった。彼の死後、世界的な振付師マリウス・プティパとレフ・イワノフにより演出され、美術効果が舞踊と音楽に共鳴することで激振となり、一挙に「夢の如き華麗なる舞台」に変身したのである。『白鳥の湖』はチャイコフスキー初の追悼公演で圧倒的な大成功をおさめ、バレエ史上、決定的な地位を得るに至るのである。
 以下にチャイコフスキー三大バレエ作品のあらすじを解説しよう。

・『白鳥の湖』(原作)ムゼーウス「奪われたヴェール」他、民話などの白鳥伝説。
 悪魔によって白鳥に姿を変えられてしまったオデット姫。その悲しい運命を変えられるのは真実の愛のみだと知ったジークフリート王子が「あなたを私の妃として選ぶ」と約束しながらも、悪魔の悪巧わるだくみにより失敗し、二人は天国で永遠に結ばれる。ロマンチック・バレエの秀峰。

・『眠りの森の美女』(原作)シャルル・ペロー「眠れる森の美女」
 王女・オーロラ姫の誕生祝いに招かれなかった邪悪な妖精カラボスの呪詛じゅそにより、紡錘つむで指を刺された姫は深い眠りに落ちる。だが、「善」のリラ(ライラック)の妖精は「百年の眠りにつくが王子のキスにより目覚める」と告げる。百年後、狩りの途中にリラの妖精に誘われたデジレ王子のキスにより呪いは解け、長い眠りから覚めたオーロラ姫はデジレ王子(希望の精)と結ばれる。

・『くるみ割り人形』(原作)E.T.A.ホフマンの童話 「くるみ割り人形とねずみの王様」
 クリスマス・イブのパーティで、少女クララは「くるみ割り人形」をプレゼントされる。その日の夜中「くるみ割り人形」が率いる兵隊人形達とねずみの軍隊とが戦っているのを見たクララは「くるみ割り人形」に加勢して、ねずみの王を打ち負かす。すると呪いが解けた「くるみ割り人形」は王子の姿になり、お礼にお菓子の国へ招待してくれる。クララと王子がお菓子の国に着くと、国をあげてのクララのためのパーティが始まる。女王から冠を授けられたクララは、すっかり王女になった気分で踊りを楽しむ……。ふと気がつくとクララは自分のベッドの上に寝ており、この一幕がクリスマス・イブの夢であったことに気づくのであった。


1.バレエ音楽
 完成されたバレエ曲を100%完全に成功させたヒットメーカーは、チャイコフスキーを置いてない。しかし、バレエに関わった音楽家は多い。ヨハン・ゼバスティアン・バッハは教会音楽作曲の最高峰であり、バレエ曲は皆無であったが、その楽曲があまりに美しく優れていたため、後に原曲のまま、あるいは編曲されてバレエ曲に使われるようになった。
 楽聖ベートーヴェンは、30歳頃『騎士のバレエ』『プロメテウスの創作物』の2曲のみバレエ曲を作曲した。特に後者は交響曲第3番『英雄<Eroicaエロイカ>』の終楽章に取り入れた主題が含まれており「舞踊のシェイクスピア」と絶賛された。また、交響曲第6番『田園』も使われたことがあった。
 ワルツ王、ヨハン・シュトラウスは、生涯に500曲を超える舞踏曲ワルツを書きながら、バレエ曲は唯一『シンデレラ』のみである。
 オーストリアの作曲家、グスタフ・マーラーの交響楽作品をバレエ音楽として使った例は実に多い。交響曲第3、第5、未完成の第10などが、優れたバレエ作品に使われている。
 ショパンのピアノ曲を組曲化したバレエが『レ・シルフィード〈Les Sylphides〉(大気の妖精達)』である。そして現代に近い作曲家ショスタコーヴィチは『黄金時代』のバレエ曲を作っている。


2.バレエとは何か。
 「バレエ」は世界の共通語であるが、語源はフランス語ではなく、その考案発祥の地、ルネッサンス・フィレンツェのイタリア語である。イタリア語の「踊る〈ballareバッラーレ〉」、「踊り〈Balloバッロ〉、〈Balletto〉バッレット」が、ルネッサンス期にフランス宮廷にわたり、「バレエ〈Ballet〉」と呼ばれるようになったのである。以後、フランスで開花したため、「バレリーナ〈Ballerina〉」などの発祥イタリア語以外のバレエ用語はほとんどフランス語である。主なものを列挙すると、
Ballerinaバレリーナ(フランス語では〈Ballerineバレリーヌ〉バレエ団において主役の女性舞踊家のこと。その最高位を 〈Prima Ballerina〉プリマ・バレリーナ。(フランス・パリ・オペラ座では星〈Etoile〉エトワールという))
entrechatアントルシャねる)  ◇enlairアン・レール(空中に) ◇volerヴォレ(飛ぶ) ◇equilibriumエキリブル平衡へいこう◇exercicesエグゼルシス(練習)  ◇croiseeクロワゼ(交差)  ◇seineセーヌ(情景・舞台)  ◇tenduタンデュ(伸ばす)  ◇la(単数) ◇La Sylphideラ・シルフィード(一人の空気の妖精)  ◇Les(複数) ◇Les Ondinesレ・オンディーヌ(水の妖精たち)  ◇rondロン(まるい・輪)  ◇unアン(1)  ◇deuxドゥ(2)  ◇triosトロア(3) などである。

 バレエとは何か。「バレエとは、ひとつの物語を表現し、展開させ、音楽の精神とテンポにもとづき、厳格な技法によって訓練された舞踊手の集団が、衣装を着け、装飾のある背景の前で演ずる、踊りの交響楽的作用によって、内容と雰囲気をかもし出して、観客に見せる劇場芸術の一形式である。この場合、音楽、舞踊、装飾は全く同等の資格において協同する。」と定義されている。18世紀のフランスの思想家ヴォルテールは「バレエは芸術である。また規則を持つという点では、科学でもある。」と述べている。

 踊り手は高度に技巧化された演技によるが、それだけなら体操やアクロバットと同じである。バレエは「高度の舞踊技術を駆使しながら、優雅な流線を生み出し音楽性を表象するもの」である。その舞踊技術の基本が作品の中で重要な位置を占めており、それを完成させた様式を「クラシック・バレエ」と言うのである。だから「クラシック」と言っても、単に19世紀までの古いバレエを言うのではなく、20世紀以後の新しいバレエでも、この様式を踏襲しているものを「クラシック・バレエ」と呼んでいる。こうしてヨーロッパ芸術の中核となったバレエについて、下記のような多くの名言が寄せられた。

(1)「バレエほど人間に必要なものはない。人間は失敗を犯したとき“足を踏み違えた”と言うだろう」モリエール(フランス・劇作家)
(2)「バレエはまさにアルファベットが文学になるが如くである」ゴーチェ(フランス・ロマン派文学者)
(3)「人間の強烈な感情は身体でしか表現し得ない」ジャン=ジョルジュ・ノヴェール(フランス・バレエ監督・演出家・評論家)
(4)「バレエは均斉を極めた人類の夢である」ポール・ヴァレリー(フランス・詩人)
(5)「音楽はバレエを生み、バレエは音楽を生む」「稽古を1日休むと自分にわかり、2日休むとまわりにわかり、3日休むと観客にわかる」「作曲家は踊り手の呼吸に従って作曲する」ガリーナ・ウラノワ(ロシア・世紀の名バレリーナ)


3.バレエの歴史
 古代ギリシアでは踊りがもてはやされ、アポロン(理性の神)とディオニュソス(情感の神)が踊りにおいても激しい対立を見せた。「汝自身を知れ」(客観)と「陶酔に身をまかせ我を忘却せよ」(主観)との、止まることのない過激な舞踊であった。これらがバレエの起源であると言われている。そして、それぞれの民族舞踊が、バレエの原型になっていく。ポーランドの『マズルカ』、ハンガリーの『チャールダーシュ』、スペインの『ボレロ』、イタリアの『タランテラ』、ロシアの『トレパーク』、イギリスの『ジグ』などである。

 そして、なんと言ってもバレエを飛躍的に発展させたのは、ロシアのピョートル大帝(1672〜1725年)とフランスのルイ13世(1601〜1643年)及び14世(1638〜1715年)であろう。なかんずく太陽王と称されたルイ14世は、まさにバレエ界を光輝をもって照らしたのである。ピョートル大帝はロシアに本格的なヨーロッパ化をもたらし、すべての文化をヨーロッパ型にした。女性貴族を古いしきたりから解放し、社交界を洗練されたパリの色に染め上げた。ピョートル大帝の娘、女帝エルザヴェータ(1709〜1762年)は絶世の美女と謳われたが、父の志を継ぎ、バレエの先進国フランス、イタリアから高名なバレエ芸術家を積極的に招いた。それがロシア・バレエの進歩発展に大きく役立ち、後の「ボリショイ・バレエ団」を生むことになる。また美貌の女帝エリザヴェータは、自身もバレエの優れた踊り手でもあった。
 バレエはしかし、最初は男性だけのものであり、ルイ13世、14世などは自分自身がバレエを踊るだけでなく、バレエ曲の作曲まで行っていた。それゆえにヨーロッパでは、バレエの観客席に熱心な男性ファンが大勢つめかける。日本のように、バレエ公演の客席をうめるのは婦人や少女ばかりという国は、世界では非常に珍しいのである。

 1681年に上演された『愛の勝利』で初めて女性バレリーナが公開公演で登場した。女性の踊り手が、ラ・フォンティーヌをはじめ4人も登場し、その美しさに観客は熱狂した。
 以後、ヨーロッパ各国ではバレエの急激な進展を見るのである。イタリアでは「ミラノ・スカラ座バレエ学校」が優秀な踊り手の育成で素晴らしい成果を挙げ、あたかもプリマ製造所の観を呈した。オーストリアでは「ウィーン国立歌劇場バレエ団」を中心に、イギリスでは「コヴェント・ガーデン王立歌劇場」がロイヤル・バレエの本拠地として、バレエは著しく発展した。一方、アメリカでも1939年に「アメリカン・バレエ・シアター」が創立され、歴史は浅いが、文化の殿堂、ニューヨークにある舞台芸術センターの建物を「リンカーン・センター」と呼んで、急速にバレエが進展している。
 ロシア・バレエは「高い跳躍とたくましい表現力」、イギリス・バレエは「自然な動き」、アメリカ・バレエは「スピードと敏捷性」、そしてフランス・バレエは「優雅さ」が特徴である。 


4.バレエ舞踊
 バレエ史に残る名作は何と言っても『ジゼル』であろう。バレエ音楽としてはチャイコフスキーの三大バレエであるが、やはり「舞踊バレエ」の最高傑作は『ジゼル』である。

(1)『ジゼル』(原作)ハインリッヒ・ハイネ、テオフィル・ゴーチェ(主演)カルロッタ・グリジ
 バレエの「ロミオとジュリエット」と言われるロマンチック・バレエの代表作である。ハイネが書き記した精霊ヴィリの物語に触発されたゴーチェがヴィクトル・ユーゴーの詩なども盛り込み、バレエ作品に仕上げた。初演以来150年以上も繰り返し上演されている作品は、このジゼル以外ない。
 ライン川のほとりの小さな村。そこに住むロイスとジゼルは愛を誓い合っている。だが、ロイスはアルブレヒト公爵の仮の姿で、バチルド姫という婚約者も持っている。元々体の弱かったジゼルは、それを知り、絶望のあまりに息絶える。この地では結婚を前に亡くなった娘は死の妖精ヴィリとなる伝説があり、ジゼルもまたヴィリの女王ミルタに率いられるヴィリの一員となる。ジゼルの墓参りに来たアルブレヒトはヴィリ達に捕えられ、死ぬまで踊り続けることを命じられる。ジゼルは女王ミルタにアルブレヒトの助命を懇願するが受け入れられない。終わりなき踊りに疲れ果て、アルブレヒトの命が尽きんとしたとき、夜明けが訪れ、ヴィリが支配する夜は終わりを告げる。ジゼルはアルブレヒトに別れを告げて消えていくのであった。
 バレエの妖精では「シルフィード(大気の妖精)」「オンディーヌ(水の妖精)」が最も馴染み深いが、ハイネによる「ジゼル」では、妖精「ヴィリ」が脚光を浴び、観客を魅了したのである。
 以上が『ジゼル』であるが、以下にストーリーは省略して、他の名作バレエ作品を列挙する。
(2)『ラ・シルフィード』(原作)シャルル・ノディエ 1832年 (主演)マリー・タリオーニ
(3)『シルヴィア』(原作)トルクァート・タッソー 1876年 (主演)リタ・サンガリー
(4)『ロミオとジュリエット』(原作)シェイクスピア 1940年 (主演)ガリーナ・ウラノワ
(5)『シンデレラ』(原作)シャルル・ペロー 1945年 (主演)ガリーナ・ウラノワ
(6)『ジャンヌ・ダルク』(原作)シラー 1932年 (主演)ヴィオレッタ・ボーフト
(7)『オンディーヌ』(原作)フリードリヒ・ラ・モット・フーケ 1958年 (主演)マーゴット・フォンティーン
(8)『瀕死ひんしの白鳥』(演出)ミハイル・フォーキン 1905年 (主演)アンナ・パヴロワ
(9)『レ・シルフィード』(台本)ミハイル・フォーキン 1907年 (主演)カルサヴィナ、パヴロワ、ニジンスキー
(10)『火の鳥』(原作)ロシア民話 1910年 (主演)カルサヴィナ

 以上、名作バレエを挙げたが、主演バレリーナは驚くべきことに皆、長寿であった。名バレリーナは平均寿命83歳の健康美女なのである。現在でこそ80歳はそれ程驚かれるような長寿ではないが、全員が一世紀以上も前の1800年代の人々である。
 タリオーニ79歳、グリジ80歳、プレオブラジェンスカ92歳、カルサヴィナ93歳、ニジンスカ81歳など。

5.バレエと絵画の世界

 フランスの女流作家で、音楽家ショパンの恋人だったジョルジュ・サンドの『愛の妖精』にヒントを得たバレエ作品『ファデッタ』が1934年に上演された。美しき音楽、優れた文学はバレエを生み、そして美しきバレリーナは絵画となる。バレエの輝きは、さらに美しき多くの芸術を生んだのである。

 もっとも有名な絵画はドガの踊り子を描いたものである。フランス印象派の画家エドガー・ドガは『レッスンの合間』などバレリーナを描いた油絵やパステル画を数えきれないほど残している。同じく印象派のオーギュスト・ルノワールは、バレエ『ジゼル』がパリ・オペラ座で初演された1841年にフランスに生まれた。35歳の時、若きルノワールは代表作『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』を描いた。19世紀後半のパリで最も華やかな社交場の踊り手を、きらめく光の色調で描いた大作である。一方、フランスの名門貴族の家に生まれたアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックは、赤い風車がシンボルのキャバレー「ムーラン・ルージュ」に通いつめ、自身の脚が不自由であった反動もあってか、足を振り上げてカドリーユを踊る踊り子たちを、歓喜と緊迫感の中にドラマチックに表現した。古くはベネチア派の画家ドメニコの油絵『メヌエット』も舞踊を描いた傑作である。また、フランドルの画家ルーベンスが描いた『パリスの審判』に着想を得て、1846年ロンドン初演のペロー作『パリスの審判』のバレエが創作されたこともあった。


6.バレエ鑑賞のために
 バレリーナとしての理想的な体型は、身長170cm、体重43kg、まっすぐな背骨、均整がとれた頭と首。腰はあまり大きすぎず、ほどほどに張っている。強くほっそりとして、すねはまっすぐな足。そして大きな甲。ヒップは上がり、ウエストは締まっていることである。両足は外側を向いている(だからバレリーナは和服の似合う大和撫子には向いていない)。中でもトップクラスのプリマ・バレリーナになるための条件は、第1に舞台に立った時に「はな」があるか。これは容姿の問題ではなく、体の内側からにじみ出てくる本能的なものである。第2にプロポーションが良いか。第3にリズム感があるか。身体で感じて反応する、身のこなしが音楽的リズムを持っているか、の3条件である。顔は丸め小さめで、卵型が良い。

 バレエにおける基本の動きは次の7つである。
(1)Releveルルヴェ(立つ) (2)Eteindreエタンドル(伸ばす) (3) Plier プリエ(曲げる) (4)Glisseグリッセ(滑る) (5)Sauteソテオ(跳ぶ) (6)Elancerエランセ(幅を跳ぶ) (7) Tourantトゥルネ(廻転) 
 また、バレエにおけるステップ、つまり「パ〈pas〉」の基本は、(1)滑るパ(移動を表現)(2)打ち合わせるパ(喜びを表現)(3)跳ぶパ(反発・反対を表現)(4)回転するパ(生命力・エネルギーを表現)となる。このように4つの「パ」は音楽の音階にも似た技法である。この技法においては「足の甲の柔らかさを十分に活かし、つま先をしっかりピンと伸ばすこと」が「優雅さ」を生む基本である。そのつま先立ちは「トゥ・シューズ」により可能である。
 「トゥ・シューズ」や「バレエ・シューズ」は、その底は足型よりもずっと小さく作られている。靴底は非常に頑丈に、その他の部分は柔らかい表革を使っている。履いた時、足全体は靴底からはみ出してしまうので、踊り手は、つま先など、柔らかな革の部分を利用して踊るのである。一般の靴には左右の別があるが、「トゥ・シューズ」「バレエ・シューズ」には左右がなく、両方同じ型である。そもそも「バレエ・シューズ」の起源は19世紀初頭、貴婦人たちが夜会に履いていた「ショソン」、日本で言う、いわゆる「スリッパ」である。ただし、「トゥ・シューズ」「バレエ・シューズ」は左右交互に履き替え、足に馴染む頃、自然と左右が決まってくる点がスリッパと違うところである。
 ロシアの「ボリショイ・バレエ団」では、踊り手はおよそ240名おり、平均一人年間60足、月に5足のシューズを消耗するという。踊り手はプロのバレエ・ダンサーとして契約しているので、全てのバレエ・シューズはバレエ団が支給している。従って、ボリショイ・バレエ団では年間14,400足ものバレエ・シューズを必要とし、それは「ボリショイ劇場」に所属する靴職人によって作られているのである。
 この靴を履いたバレリーナの回転技「フェッテ〈fouette〉」は連続回転32回がバレエ公演での通例である。そして、その演技に感動、熱狂した観客のアンコール拍手に応えて「カーテンコール」を行ったギネス最高記録は、なんと89回である。この記録は1964年、ウィーン国立劇場での、フォンティンとヌレエフが主演した『白鳥の湖』公演においてのことであった。いかに見事な公演であったのかがしのばれるであろう。

 最近では舞台の背景美術、照明、衣装などますます華麗なものになっている。バレエは舞踊のみでも音楽を感じ、音楽のみでも舞踊が浮かぶ。そして、そこにストーリーがある。まさにバレエは舞踊・音楽・美術の総合芸術の美の極みである。

著者プロフィール

堰免 善夫 (せぎめん・よしお)
長野県生まれ。中央ゼミナール(東京・高円寺)で国語科講師として活躍。小論文、現代文を担当し約40年間勤務。中央ゼミナール監事・役員・小論文主任講師の他、大学新聞社就職コンサル塾副塾長、東京国際学園特別顧問を兼任。
近年は全国の高等学校での高校生、保護者、高校教師対象の講演だけでなく、大学生向けの就職支援の講演会にも登壇している。


◇著書
『古の琴歌(いにしえのことうた)』 (小説作品集) 1987年5月
『知見の旅路』 (思索論文集) 1997年5月
誰にでも書ける 小論文学習の決定版 最も効果的な指導・学習法』 (大学新聞社) 2013年3月
『我が心の久遠・哀愁のヨーロッパ・憂愁の京都』 (紀行随想) 2013年12月

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